分相応

 一瞬横顔は見たのだけれど誰か分からなかったし、僕に用事でもないみたいだったので素通りした。娘と随分楽しそうに話していたみたいだし、笑い声をも多く聞かれたのでそんなに深刻な相談でないことも想像がつく。
 その方が帰ってから娘が教えてくれた。教えてもらって当然すぐに誰だか分かったが、思えば2年くらい来ていない。その女性が「お父さんにくれぐれもお礼を伝えておいてください」と言ったらしい。理由は、お嬢さんが現在、短大を卒業して東京で働いているのだが、僕の漢方薬のおかげだというのだ。
 僕が関わったのは中学校のときが初めてだ。起立性調節障害で学校に行っていなかった。起立性調節障害は、僕の漢方薬で徐々に良くなったが、それと同時に人とのかかわりが少し苦手だと分かった。だからその後はむしろ社会不安障害みたいな症状を治す漢方薬を多く使うようになった。起立性調節障害で中学校には行けなかったから通信制の高校に行った。そこで人との交わり方も少しずつ上手になって、大学に行きたいと希望しだし、結局は短大に進学した。その時点で僕のお役御免で、めでたしめでたしだったのだが、まさかあの華の都大東京に出て行って仕事をするなどとは予想だにしなかった。
 人はここまで変ることができるのだと驚いたし、一人の人生を変えることも漢方薬で出来るのだと嬉しくもあった。田舎で他にとりえがないからこつこつと漢方薬を皆さんに飲んでもらいながら勉強した。大きなことは出来なかったが、こうした小さな貢献は沢山させてもらった。分相応はいいものだ。