出所

「出所おめでとうござんす」「出所祝いをしよう」「これからは姉御と呼ばさせてございやす」
 薬を取りに来た女性にそう言った。生きていればいろいろなことに遭遇するがこんなとばっちりもあるんだ。僕は見物客だったが、彼女は当事者だ。僕と同じように生きていればと言ったが、リアルさが違う。手錠をかけられ拘置所に何日も泊まって来たのだから、もう幹部クラスだ。おめでとうござんすでも言ってあげたい。
 全くの言いがかりで悪人にならされてしまったが、真実を警察が探してくれて無罪放免になった。化粧気のない素朴で内気な女性が、悪いことをするはずがない。何かの間違いだと思っていたが、当然何かの間違いで終わった。人のよい女性だから、本来あちらのほうが塀の向こう側にいかなければならないのに許すそうだ。警察が告訴したらと助言してくれるのに、しないそうだ。何処まで人が良いのだろうと思うが、もうこりごりなのだろう。
 本当はコーヒーでも出して、異色の経験を教えてもらいたかったが、丁度忙しくて10分くらいだけ話した。何十年も人様を見て、会話を重ねてきたからどんな人かはかなり分かるが、今回も僕の考えはあたった。あんなに素朴であんなに地味な人が、悪事など働くはずがない。人を「信じる」ことが出来る自分が嬉しいが、彼女のように人に「信じられる」ほうが一枚上だ。