万歩計

 帰りは新幹線を使ったので、岡山駅に午後6時前に着いた。それをかの国の女性達は見逃さなかった。駅前のビックカメラで時計を買いたいと言う。自分用に一つ、お土産用に二つらしい。僕はビックカメラに時計を売っているとは知らなかった。と言うより、駅前でいつも戸外に向けて大音量で宣伝を流し続けているから嫌いだ。どうしてあれが取り締まりの対象にならないのか不思議で仕方ない。近所の人はさぞかし迷惑だろうに。近所に受験生も病人もいないってことか。
 確かに時計を売っていた。それも結構大規模に。スタッフも5人くらいいたと思う。僕は学生時代を最後に腕時計を持ったことがないから、時計屋さんに行ったことがない。どの時計も光っていた。これだけ必要なのかと言うくらい何箇所かで針が動いたりしている。見ているだけでイライラしてくるが、必要な人もいるのだろう。時計を全く知らない日本人の僕より、時計に興味があり買う気満々の外国人のほうが話が通じるのが面白い。通訳をするつもりでいたが、太陽電池の時計とかGPSか何かで時間を合わせる時計とか、初めて見るものばかりでただ傍で驚いていただけだ。結局女性は12000円の腕時計を自分のために買った。
 数日後寮を訪ねると、通訳を介して質問を受けた。スタッフの対応が嫌ではなかったかと。僕も時計売り場に足を踏み入れたときに、全員が何の反応もなかったのに驚いた。まとわりついてくるのは嫌だが完全無視もあまり心地よいものではない。彼女達は、僕が不愉快でなかったか心配してくれているのだ。そこで、僕も外国人を差別している雰囲気が伝わってきたので、ごめんねと謝っておいた。すると彼女達は、何回もビックカメラに行っているが今日みたいなことはなかった。お父さんと一緒に行ったから相手の態度がおかしかったのだと言った。だからお父さんが可哀想だったと言った。なに?原因は僕?ビックカメラのスタッフは僕を無視したのか?てっきりかの国の女性達を差別したのだと思っていた。
 確かに僕は色々な店に行き厚遇されたことはない。あまり店員さんも寄ってこない。所詮冷やかしくらいにしか見えないのだろう。数年前に帰ったかの国の女性が「オトウサンは、ワタシノクニにきても安全」と言っていた。理由はその国の人の格好と同じからだそうだ。そう言えばあの時、僕は時計を買いたがっていた女性に向かって、僕の時計を見せていた。それをスタッフが見ていたのかもしれない。何しろ僕が見せたのは通称腕時計、実は万歩計の時計機能が残っているやつだったのだ。何十万円の腕時計が並んでいる前で、万歩計を見せたのは悪かったかな。