気丈

 30年、色々な助言をしてきたが、もう僕の出番は健康問題以外はあまりない。年齢を聞いて驚いたが、もう50歳が近くなっている。初めて会ったとき僕は恐らく40歳にまだ大分時間があった。その時の僕の年齢を彼女自身がはるかに越えている。当時彼女はまだ少女に近かったが、人間不信の塊だった。今もそうだが、その時からずっとやつれたままで、元気な姿を見たことがない。しかし生い立ちを知ればそれも頷ける。
 僕が彼女を大切にしたのは、珍しいほどの不幸を抱えながら、何とか全うな世界に踏みとどまっていたからだ。危うい世界に何度も足を踏み入れそうになっても何とか踏みとどまり、気丈に生き抜いてきたからだ。恐らく僕以外に自身の秘密を漏らした人間はいないと思う。どう見ても僕らに共通するところはないのに、僕に心を許したのは、決して許せなかった父親の代わりを求めていたからか。
 彼女の今のストレスのひとつに家から出ようとしない子供のことがある。御法度の裏街道を歩く人間達と渡り合ってきた母親としては、十分成長したわが子が、働かないどころか家から出ないことが許せない。しかし時代はそんな子供を守る。そのことを彼女は理解しているから動きがとれずにじっと耐えている。勉強などほとんどしなかった彼女だが今の彼女は無知ではない。
 以前なら、こうした場面で僕に尋ねないはずがない。だが今はそうしない。僕から答えが返ってくるとは思っていないのだろう。僕らは30年かかって、尋ねなくてもいいことや、答えなくてもいいことが多く存在することを学んだ。