陰陽

 その女性が帰ってからしみじみと娘に言った。「薬局でもこんなにすばらしいことが出来るんだ」と。すると娘も同じようなことを感じていたのだろう「うちみたいな薬局だから出来るんだろうね」と。
 2ヶ月くらい前に初めて相談に来たときには、僕の目を見て話すことは出来なかった。そもそも顔も心も引きつっていた。どんな負荷がかかっているのか知る由もないが、相当なものを抱えていることは想像できた。初めて会う僕に対して猜疑心もあったのだろう、とても打ち解けられる雰囲気ではなかった。ただ、僕はこうした人が基本的には好きだ。勿論明るくて華やかで見るからに幸せそうな人も好きだが、そんな人に僕がお役に立つことが出来るのは、差し迫った体調不良、おおむね肉体的な不調だけだ。ところがこの女性の様な方に対して僕は、心身ともに立て直すことが出来るから、お役に立てれる範囲が広がる。これは喜びでもありやりがいでもある。陰が陽の衣を着ているような僕は、陽が陰の衣を着ているような人でも、陰が陰の衣を着ているような人でも、陽が陽の衣を着ているような人でも・・・分けが分からなくなった。要は僕はどんな人でも対応できる。ただし惹かれるのはこの女性のように陰が陰の衣を着た人だ。僕にはない個性だからだろうか、困難を予想させるからだろうか、俄然頑張ってしまう。そしてその人たちが陽の衣を自然に着てくれるようになると嬉しくてたまらない。本質は変らない。そんなことはできっこないしする必要もない。ただ。時には陽の華やかな雰囲気をかもし出すことが出来る心の余裕が生まれると魅力が増す。そんなお手伝いが出来ると嬉しい。
 この女性は今日やって来た時、珍しく体調の話から入らなかった。僕が家を貸してあげている匙屋さんの工房兼お店を見学してきて、その感想から入ってきた。そして彼女が古民家でお店をしたいようなことも語ってくれた。笑顔が絶えずに、女性ってストレスから解放されるとこんなに魅力的になれるんだと、ビフォーアフターで撮っておけば良かったと思ったくらいだ。
 薬局は命にかかわる病気に手を出すことは出来ないし、期待もされない。ただ、人生にかかわる病気には手を差し伸べることは多いに出来る。その為に病院の腰ぎんちゃくみたいな薬局をする気は毛頭なく、わが道を行く自由をいつも確保しておきたい。娘も明らかにその道を目指していると思う。