瞬殺

 犬嫌いだったはずなのに、小さな室内犬を飼い始めてからころっと変った。以前は我が家のミニチュアダックスのモコに触るどころか近寄ることもしなかったのに、今ではわが子を溺愛している。、
 そんな彼女が暗い表情で入ってきた。あまり薬局に明るい表情で入ってくる人はいないが、彼女の暗さは一級品だ。理由を尋ねるまでもなく自分から話し始めた。多くの方は僕のところに苦痛を吐露しに来るから、彼女もまたうまく僕を使っている。ただ僕がよその薬局などと違うところは、僕自身も悩みを吐露することだ。悩み相談に来た人が回答者になることも多い。
 今日の彼女の悩みは、愛犬の尻尾に腫瘍が出来て、尻尾を切らなくてはならなくなったことだ。不憫で不憫で仕方ないそうだ。彼女の打ちひしがれ方に比べて、御主人の愛犬に対する無神経振りが気に入らなくて怒りが収まらないらしい。あまりにも小さすぎて視界に入らないことが多いのだろう、つい蹴ったり、寝返りで潰しそうになったりして悲鳴を上げさすこと50回くらいと断言していた。まさか数えていたわけでもないだろうが、許せない数をそう表現したのだろう。
 その後もエンドレスで御主人をののしるので「自分は、〇〇(犬の名前)と御主人のどっちが大切なんだ?」と尋ねると0.3秒くらいで答えが帰って来た。「〇〇」瞬殺。正解。