記録

 僕は来日早々のかの国の女性たちに必ず聞く事がある。それは日本滞在中にかなえてみたい夢があるかどうかだ。その夢の実現が僕にとって簡単なお手伝いで済むなら協力を惜しまない。ところがこの10年間で3つだけかなえて上げられなかったことがある。
 ひとつは東京に行くこと。外泊は即帰国だし、門限を守らなかっても即帰国の厳しい会社だから、東京の日帰りは難しい。やろうと思えばできるがそれで得るものは多くない。富士山を見るのも同じような理由だ。富士山は見える日と見えない日があるから、博打のようなものだ。高額な新幹線代を払って、多くの時間を費やして行って何も見えなかったでは泣くに泣けないので断っている。そして最後が着物を着るということだ。これにも大きな障壁がある。まず何人分もの着物がない。そしてそれを着せてあげる人もいない。この二つが揃わないとできない。夏に初めて浴衣を着せてあげたのだが、とても喜んでくれて、浴衣を着物と偽ってそのまま続けることは出来るのだが、そこまで彼女達は無知ではない。日本に来ることが決まった時点でそのくらいの知識は得ている。だから着物を着てみたいという夢を口に出す女性は一番多い。
 玉野教会にお正月には必ず着物で来られる女性がいる。一か八かと言うより、だめ元でふと漏らしてみた。すると何と数着の着物を持っているというのだ。数着もの着物を持っているという意味が僕には分からなかったが、理由はともあれひとつの障壁をクリアした。二つ目は当然着こなしているのだから問題なし。どうしてもっと早くお願いしなかったのだろうと悔やまれるくらい簡単に引き受けてもらった。教会でいつも奉仕をしているから、人のお役に立てることだったら何でもやってくれる人なのだが、まさか6人まで着物をそろえてもらえるとは思わなかった。
 着物を帰国前に着ることが出来ると伝えたときの喜びようはなかった。今まで50人以上の夢がかなわなかったのだが、その夢が最初にかなう6人になったのだから。そして今日教会で憧れの着物を着せてもらった。運のいいことに、着物を縫っているという女性がお手伝いに来てくれた。これで鬼に金棒。1時間くらいで全員に着せてくれた。その後は彼女達の得意中の得意、写真撮りまくりの時間だ。あおりを食って僕は3人分のカメラのメモリーを買いに行かされた。あまりにも悲しい顔をして身振り手振りで頼んでくるので、「心にメモリーはないのか!」と言ったが、今日の女性達は3ヶ月の応援部隊だから日本語は全く分からない。冗談も通じない女性達に冗談のような世話をさせられた。
 今寮から帰って来たところだが、写しまくった写真を皆で見ていた。さっそく「いいね」が沢山集まっているらしい。僕には「どうでもいいね」だが、着物の美しさとともに、日本人の持っている心の美しさもまた心のメモリーに記録して欲しい。