空白期

 災い転じて福となすほどでもないが、良い経験をさせてもらった。いや、良いものを見せてもらった。  何となく道路の両側がおかしいと思った。最初は交差点に、警察官やガードマンが立っていただけなのだが、そのうち高校生らしき若者達が防寒着を着て集団で立っていたり、ゼッケンを付けた大人たちがなにやら気ぜわしく動き始めていた。そして極め付けはテレビカメラと思しきものを抱えた人たちが同じ方向を向いて何かを待ち構えていた。そしてついに、僕の車は止められた。  そのあたりで何かのイベントに出くわしたのだと分かった。ただそれが何かとは分からなかった。ただその後すぐに何故車を止められたか分かった。一人の黒人女性が走ってきたのだ。勿論ユニフォームを来て。そこでマラソン大会か駅伝大会に遭遇したことを悟った。彼女に遅れる事数十メートルで日本人が数人やってきた。実際にマラソンや駅伝を走っている人を間近に見たことがなかったので、興味深かった。女性といいながら、僕なら5メートルも並走出来ないような速さで走り抜けていく。アスファルトを叩く靴の音が印象的だった。その音は僕らが走るときと意外と同じだった。もっと軽やかな音がするのかと勝手にイメージしていたが、ペチャペチャと言う音がした。  そのうちゆっくりと車を進めることが出来たが、結構長い距離、長い時間対向車線を多くのランナーがやって来た。妻が2回ほど同じことを言った。「これって、用意ドンでしょ!」「これって、一緒にスタートしているんでしょ?」と。何となくその疑問が僕にも分かった。最初に走り抜けた黒人ランナーから一体どのくらい遅れているのだろうと考えてしまう。妻は「同じ所を何回も回っているんではないの?」とランナーが聞いたら怒りそうな感想を言っていた。さすがにそれはないだろうと思うが、そう想像するほど差がついていた。僕らの車の傍を駆け抜けたのは出発してからどのくらいの距離なのかは知らないが、結構差が出るものだと思った。  何が面白くて道路に出てランナーを応援するのだろうとテレビを見ながら思っていたものだが、一人ひとりの表情を熱心に見ている自分がいた。さすが鍛えている人たちばかりと見えて苦しい顔をして走る人は滅多にいない。走ることは楽しいのだろう。車ですれ違う格好でしか見ることが出来なかったが、目の前を通る選手の息遣いが聞こえるような位置で応援もいいだろうなと想像した。  全くの偶然から珍しいものを見せてもらったが、僕にもあのようなことが出来る時代があったのだと一瞬脳裡に浮かんだ。それにしても見事に何もなしえなかった。凡人にとって青春期は意外と空白期だったりして。