恩恵

 「どなたのでしょうか?霜が降ってもいけないのでナイロン袋に入れておきます。いらないお世話だったかもしれませんが・・・」  いらないお世話どころか感動した。どなたもこなたも僕なのだ。  僕はもう10年以上中学校のテニスコートをウォーキングに使っている。早朝と夜の9時ころだから、邪魔はしていないが、ほとんど不法侵入だ。ただ歩くのはもったいないから、ラジオでニュースなどを聞くことにしている。数日前の朝、いつものようにラジオをつけたのだが電波の入りがとても悪くて、ベンチの上に置いて歩いた。「こんなところに置いたら忘れるに違いない」と思って忘れるのだから、最早確信犯だ。  今日、テニスコートに足を踏み入れたときに、そこにはベンチがあるのだが、何かが目に入った。何もないところに小さなものでもあると結構目に付くものだ。違和感と言うものだろうか。そしてそれに目をやると、即座に数日前のことを思い出した。やはり忘れていたんだと。ところがラジオがビニール袋に入れられていた。そして冒頭のメッセージが入っていた。  テニスコートに入る大人の人は学校の先生しかいないから、このメッセージを残してくれたのは先生に違いない。牛窓は僻地の学校だから新任の先生が多い。ましてテニス部の顧問となるとなおさらだろう。恐らく若い先生が見つけて、冒頭のような処置をしてくれたのだろう。捨ててもいいようなボロラジオだから、無視しておけばよいものを、あえて見つけた場所に置いていたのは、持ち主の手に帰る確率が高いからだ。敢えて警察に持っていけば、恐らく僕の手には戻らなかっただろう。何故なら捨ててもいいようなラジオをなくして、警察に紛失届けを出す人はいないから。あの機転のおかげで手元に帰って来た。  田舎の学校の生徒を褒める事はあるが先生を褒める事は滅多にない。ただ今日は目一杯先生を褒めておく。牛窓の小中学生が知らない人に挨拶が出来ることに驚く人が多いが、こうした先生がいることを思えば当たり前のことかもしれない。綺麗な空気は田舎が作ったもの。綺麗な心も田舎が作ったもの。都会の人はその恩恵に感謝したほうがいい。