出発点

 ・・・・・・私の症状だけを沢山聞いてくださり、東京の人間がどこでどのようにお知りになりましたか、などとお聞きにならないな、と今ふと思いました・・・・・・・・・    つい最近、漢方薬を初めて飲んでいただく方からの返事の中に見つけた言葉だ。何気なく読んでいた時には素通りした箇所だが、翌日読み返して、その答えを返信するべきか、かなり迷った。その後ひょっとしたら同じような疑問を持つ方がおられたのではと思って、答えを書こうと思った。  一言で言うと、僕にとっては日常のありふれた光景だからだ。僕の薬局が昔ながらのスタイルなのに倒産しない理由は、そして人口7000人の町から薬局を人口密集地に移さなかった理由は、ここ牛窓なら、僕が一番苦手な「人に取り入って生きる」ことをしなくてすむからだ。その結果、ある集団から親近感を持たれ、経済的に大成功はしなくても、生活できたからだ。このある集団が僕にとっては宝物なのだ。勝手に出来た集団で、お互い何も知らない人達だが、僕はほとんどの人が分かる。この集団の特徴は、極端なお金持ちがいない。そして逆に極端に経済的に恵まれていない人もいない。いわばごく普通の人たちだ。  僕は機械にかなり音痴だから、インターネットでやっている事といえば、相談メールに真摯に答えること、ブログを毎日更新することだ。今回相談してくださった方の症状が手に取るようにわかったから、その分具体的な苦痛が伝わってくるから何とかお手伝いできないかなと懸命に質問を重ねただけなのだ。病院が苦手とする症状だから僕が解決してあげなければと、勝手に思い上がったが故の行動なのだ。多くの相談者はありとあらゆる有名どころを回ってから僻地の薬局に辿り着くから、何か今までの治療で見落とされている点があるはずだと、ひつこく情報を集めるしかないのだ。効果が出やすい処方は皆さんほとんど経験した後だから、落穂ひろいみたいなものだ。その方がどこの誰かはほとんど興味がなく、治したい一心なのだ。その結果が、唯一僕の薬局を潰さない理由になってくれる。華の都大東京の人がこんな田舎の薬局に接触するのは屈辱かもしれないが、僕は自分の生き方まで変えて経済的な豊かさなど欲しくないから、牛窓を動かなかった。勿論、病院の前でおこぼれ頂戴は考えたこともない。  30年以上、田舎の人の優しさに守られて漢方薬を実地で勉強すると、僕でも有名どころ並のことはできるようになる。そうした人が少しずつ増えて行って、あえて東京でも沖縄でも驚かなくなった。ただ僕にとって驚きは、こんなに生きづらい世の中を、時代を僕達は生きているのかということだ。まるで犯罪でも犯すかのような経済活動を何のためらいも持たず行える人たちが、シャイな性格で気後れしながら暮らす人たちの孤独な営みをブルドーザーで押しつぶしている。僕は長年、そうした光景を見続けてきた。僕の価値観ともっとも相容れない光景だ。僕にとって大切なことは、どうして僕を知ってくれたかではなく、その人が虐げられることなく自由に生きること。そのことの出発点に漢方薬がなれることを僕は経験している。

https://www.youtube.com/watch?v=OM5M6oKM1PA