お土産

 外国ではそういった風習があるのかどうかわからないが、ここは日本だし、まして田舎の牛窓だから欠かせないと思った。そしてやはり手を抜かなくて良かったと思った。  「ちょっとしたものでいいよ。気持ちが伝わればいいのだから」と言っておいたら絶妙のものを買ってきた。値段の割には高く見える、なかなかの出来栄えだ。この辺りでは名前が通っている洋菓子店のもので、中身はわからないが意外と箱が大きい。その店のネームバリューで中身の喜ばれることは請け合いだ。僕でももらえば喜ぶ。  通訳はその時間が近づくと少し緊張をし始めた。日本語はかなり出来るから問題はないのだが、引越しの挨拶と言うことで初めての経験らしくて、自分が考えた挨拶を何度も復唱していた。僕の家の回りは14軒で1つの単位を作っている。夕食の準備を行っているだろう時間帯をあえて狙って回った。案の定、皆さん家にいてくれて温かく迎えてくれた。ある家では必要最低限の挨拶。不意打ちで何人もが玄関の前に並んだのだから面食らった人もいるから仕方ないが、こちらが慣れるにしたがって、色々と話しかけてくれたり、好奇心丸出しで話をしたりして、盛り上がった家も何軒かあった。若者が次第に減って過疎の町になりつつあるところだから、一度に8人もの若者が近所に暮らし始めることを喜んでくれる老人も何人かいた。  僕はそうした人たちの彼女達への応対を見ていて、この町に帰り薬局をやり続けて良かったと珍しく思いを過去にはせた。一流企業を内定で断り、大学病院を1日で辞め、行き先を失って帰って来たのだが、正解そのものだった。彼女達を素直に受け入れてくれる応対振りに感謝した。となると、後はこちらの責任だ。日本のルールをきちんと守り、住民に不快感を与えないこと、そしてむしろ住人の役に立つ存在であって欲しいと思っている。妻は、靴のそろえ方、ゴミの出し方などを教えていた。  かの国の貧しい農村部出身の人たちが多いから、健康に気をつけて、経済的なお土産は勿論だが、精神的なお土産も一杯持って帰って欲しい。地域の人と親しく交わり、活字などでは表現できない思い出を一杯お土産にして欲しい。

https://www.youtube.com/watch?v=BUB0GKqwRpw