雨には負けた

 昨日、高尚な宮沢賢治の詩と教会の教えをブログに書き終えてほっとして電源をきったところで、足元に水溜りが出来ているのを見つけた。鉄筋コンクリート造りの家だから台風など物ともしないように見えるが、実は横から降る雨にはめっぽう弱い。防水加工が完璧なときはなんともなかったが、その後何度それをやってもらっても、効果が長続きせずに、お金を捨てるようなものだからこの5年以上やっていない。もう効果は切れていると予想されたが、雨が降り始めても床に雨水が進入してこない。意外と大丈夫と何の根拠もなく喜んでブログを書いていた。ほぼ書き終わって、ある言葉を書き加えようか加えまいか迷っていた。その迷える時間がなければ雨水が少しばかり進入した時点で気がついていたが、迷った分、広範囲に床に池を作らせてしまった。雨水は拭けばそれですむが、接着剤がはげてしまうと、床が波打ってしまう。折角娘夫婦がしばしばワックスをかけいつまでもピカピカなのに、ノリがはげて汚くなるのは気の毒だ。  結構広範囲なこと、池がますます広がっていること、これは1人では追いつかないと思いすぐに妻を呼んだ。もう慣れているので妻は、モコのおねしょシーツを持って降りてきた。それで吸い取らせる作戦だ。ところが床上の池の広がりを見てこれまた手に負えないことを悟って、2階から雑巾や雑巾予備軍を一杯持って降りてきた。それに吸わせてはバケツに絞り、すぐに一杯になるから流しに流す。床にしゃがんでの作業だからすぐに腰に来た。このままでは、仕事に差し障ると思ったので、3階から次女と三女を下ろさせて手伝ってもらうことにした。  降りてきた二人は最初何が起こったのかわからなかったみたいだ。頑丈そうに見える建物が意外ともろいことに驚いたみたいだが、状況を悟ってからは同じようにしゃがみ込んで作業をしてくれた。ところが3女は何故か楽しそうで鼻歌を歌ったり冗談を言ったり笑ったりする。人の不幸がそんなに嬉しいのかと思ったが、楽しい理由は初めて台風を経験することができたことだった。彼女達の部屋は3階だから風当たりが強く怖かったそうだが、やはり折角日本に来たのだから台風を知らないままでは帰れないのだろう。偶然かの国も丁度台風に襲われていたのだが、彼女達は南部の出身で、台風の通り道になる中部には行ったことがなく全く経験したことがないそうだ。だから2時間近く作業を続けて、雨が上がって喜んでいたときに、窓ガラスの向こうに行き来する赤灯を見つけて外に出て、吹き飛ばされそうな突風を何度もうけて喜んでいた。夜でなければ海岸に連れて行って打ち上げる波を見せれば喜んだだろうが、さすがに夜は怖い。  ところで僕が昨夜、最後に付け加えようとして迷っていたのは次の文章だ。「それでもアホノミクスは許さん、こんなに汚い人間見たことがない」だった。神の教えより僕の直感。だから僕はいつまでたっても良い信者にはなれない。