再現

〇〇さんへ  添付の資料を読ませていただきました。田舎の薬剤師で何の肩書きも持っていないので我ながらこれからお話しすることの信憑性が果たしてあるのだろうかと心配です。ただ、僕がお答えするのではなく、僕の先生の先生がお答えしているとすれば、少しは評価されるかもしれません。僕の先生の先生は、現代医学を学ばれた内科医で、現代医療の診断をもっとも重視して、生薬を科学的に分析して用いられました。1000年以上前の、診察機器が何もなかった頃に苦肉の策で継承された診断方法を、現代において最優先する方法はとられませんでした。現在、漢方を標榜する多くの医師や薬剤師が、証と称する大昔の診断方法を金科玉条のように掲げて、それを錦の御旗のように振りかざして、そうでない人たちを未熟として排斥していますが、僕はそうは思いません。  若いときに、ある漢方の研究会に出席したのですが、陰とか陽とか、禅問答みたいな話ばかりで付いて行けずに2回目くらいには脱落して退会しました。その後、娘のアトピーを治したくて会う人会う人に質問していたら、僕の気持ちを汲んでくれた人がいて、30年お世話になっている現在の漢方の研究会に入会させていただけました。その会が偶然、現代医学を重視した漢方薬利用の会だったのです。勿論僕の先生も、そのまた先生も、漢方的な理論は熟知されていますが、それを現場で使うことはまずありません。現代医学の診断に基づいて漢方薬を使うのです。その会で教えていただいたことを薬局に持って帰り、忠実に再現したら、青二才の僕でも患者さんに喜んでいただけるようになったのです。漢方薬は長く飲まないと効かないと教えてもらっていた他の会の常識が一気に崩れた瞬間です。以来、僕は先生の口から出された言葉を綿密に書きとめ、忠実に再現してきました。さすがにこの歳になると自分のオリジナルも結構増えてきましたが、基本は先生の先生が作られた理論に基づいています。  さて、ここから先が本題です。あなたが添付ファイルで教えてくださったこの先生が使われている処方は、とても汎用されているものですが、補中益気湯 柴胡桂枝湯 四物湯 桃核承気湯とも、意図が分かりません。食欲がなくてしんどい、ストレスで消化器の機能が落ちた、貧血気味、のぼせて便秘などを考慮されたのでしょうが、それらが解決したおかげで体調がよくなり、好結果をもたらしたと思われます。そもそも4例では何の再現性もなく、同じものを作っても効くかもしれないと思わせるほどの誘惑を感じられません。そもそも、こんなに漢方薬に造詣が深い人で、症例があまりにも少なすぎます。僕のところに届く医者向けの漢方情報誌にも、こうした情報はしばしば載っていて、1人の患者の効果があったと言うようなもので、他の患者さんにも効くというなんら統計的な価値も含まれません。あれだけ確率を尊ぶ医療の世界で、たった一人に効いたと論文で発表する落差を感じてしまいます。ほとんど薬剤師レベルです。  嘗て、医者中心の漢方の医学会に出席させてもらったことがあります。テーマがガス漏れと言う僕にとっては興味のあるものでしたから。医師の発表に疑問があったので質問したのです。「先生、その患者さんは本当にガスが漏れていましたか?お尻を臭いましたか?」と。講演したお医者さんは戸惑ったみたいですが、その方が答える代わりに座長と言う人から、「あなたはどちらに属されていますか?」と質問されました。一介の薬剤師ですと答えて回答はもらえませんでした。医師の漢方の世界はまだこんなものかと大いに安心した記憶があります。  もうひとつ、この先生が使っている薬は1回量が2・5gです。恐らくツムラ漢方薬を使っています。僕が属している漢方の研究会にいれていただくに当たって、ある約束を守るように言われました。決してツムラ漢方薬を使わないことです。折角正しいことを教えても、ツムラ漢方薬では再現できないからだと言われました。僕はそれを忠実に守っています。それを僕に約束させた漢方の先輩は既にこの世にいなくなりましたが、僕をその会に入れてくれたこと、効く漢方薬を使うように促してくれたことなど感謝してもしきれない恩人です。  結論として言わせていただければ、起立性調節障害にも睡眠相後退症候群にも例の処方たちにはひきつけられませんでした。潰れそうで潰れない田舎の薬局がおこがましいことを言ってしまいましたが、正直に答えさせて頂きました。

ヤマト薬局