本丸

 ある男性から、電子タバコがあるかどうか問い合わせがあった。勿論そんなものは扱っていない。その男性は、僕が牛窓に帰ってくる頃に、牛窓の工場で働き始めた人だ。大阪からやって来て、知人もいなかったので、時折利用する薬局の若い薬剤師の存在が何かと便利だったのだと思う。しばしば訪ねて来る様になり、土曜日には午前中僕とお喋りを楽しんだ。そんなことが20年以上続いた。ある時、20歳以上年下の恋人が出来、その女性を喜ばせるために会社を辞めて退職金を使い果たした。そして転落。経済と人格を使い果たした。  次の男性は、大きな使命をもって大阪からやって来た。牛窓の開発に携わるために牛窓に住居を移し、町民と親しくなりながら開発を進める。牛窓の情報が集まりやすい薬局は便利だったのかもしれない。田舎の人間を馬鹿にするようなところもあったが、実は本人はもっと田舎の出身だった。田舎の人を利用することはめっぽう得意だった。多くの善良な人たちが協力した。ほとんど訳も分からず協力した。ところがその男性は人にたかるばかりで、与えることをしなかった。そのうち家族にまで見放されて1人暮らしで酒びたりになった。アウト。あわただしく人生を終えた。誰も悲しまなかった。  3番目の男性は、僕の話にしばしば登場する人。酒と博打の自爆型人間。2回既に法務局に出張に行っている。いくら諭しても病気だからやめれない。3回目も危なかった。ある宗教家に救われたから今回は辛うじて出張はなかった。ただ、今でも多くの人をだまして寸借を繰り返す。この町でまともに会話してくれる人はいない。僕とその宗教家くらいなものだ。もうほとんど終り。  今日娘にしみじみ言われた。「お父さんは人を引き寄せる力がある」そう何故か、こんな人ばかりが集まってくる。実は4番目の人間、5番目の人間もいるが、どれも身を持ち崩した人ばかりだ。身を持ち崩して牛窓に来たのではない、牛窓に来て僕と知り合い身を持ち崩した。  不思議と僕はそうした人たちに感化されない。恐らく一番の理由は働くことが好きだったってことだろう。中心にはいつもそれがあったから、それを阻害するものは避けた。楽しげな諸々のものは僕にとっては単なる周辺でしかなく、本丸の楽しさに比べれば取るに足りないものだった。本末転倒した人たちが次から次へと社会から脱落していった。社会的動物の人間が社会から脱落するのは本当に哀れだ。生殺し状態で生きていかなければならない。最善を尽くして転落してしまった人達とは随分質が違う。目つき、顔つき、運のつき。