生花

 「マムシや猪、蜂にも注意してください」と言われて牛窓のこととは思えない。どこの山間地域の話かと思うが、紛れもなく海岸沿いに広がる牛窓東小学校での校医の言葉だ。  学校保健委員会に医師と歯科医師と僕が招かれて少しだけ話をするのだが、平和でのどかな牛窓の小学校で健康上の問題点などはほとんどない。そこで医師が、健康上の問題ではないがと前置きして危険動物が牛窓にも出没していることを教えてくれた。色々な観光地へ行くとマムシ注意の看板をよく見かける。少し草むらが広がっていたら大抵その看板が立っている。木が生い茂っているところなどなおさらだ。だから僕は夏はドイツの森にも四国村にも行かない。医師は、家の庭にも出たりするから気をつけるようにと言い、学校でマムシの標本か、写真などでマムシを見分けられる知識を与えておくべきだと助言していた。  また夜には猪が出没していると言っていた。僕の薬局は牛窓では最も住宅が多いところだが、ここでも夜には猪が出ているらしい。僕は毎晩テニスコートを歩いているから、ひょっとしたら猪と遭遇するかもしれないとその話を聞いていて思った。「猪は怖い」とその医師は言っていたが、確かに噛まれたら大変だ。痛いだろうし、どんな細菌を持っているかわからないから、感染病が心配だ。蜂に関しては都会も田舎もないみたいだが、救急車を呼んで迅速に対応するようにと助言をしていた。  これで終りかと思っていたら、歯科医師が鹿をつい最近見たと言っていた。勿論僕は地元だから何処で見たかすぐに分かった。そんなところまで人間に近づいているのかと少し驚きだった。そしてもっと驚いたのは、僕の大好きな鳶どころではない貴重な鳥を最近見たらしい。それは雉だ。これには驚いた。「雉が牛窓にいるの?」と保健委員会とは思えないような声が出た。  僕はこの1、2年、急激に鳥が増えたと思っていた。僕だけでなく時々それに気付いた人がいて、喜ばしい変化だと喜んでいる。ただ喜んでいるのは農家以外の人だ。農家の人は死活問題だ。猪や鹿とは共存できない。作物の被害が半端ではない。僕がもう少し若かったら猟銃の免許でも取って招かれざる客を退治してくれるのだが、今はもうそんなことは出来ない。この歳で取れそうなのは生花くらいなものか。