果実

 他の方から見ればなんでもないことかもしれないが、僕には少しハードルが高かった。と言うのは1週間前に笠岡に行った時の疲労感がすごかったのだ。理由は色々あるかもしれないが、ポピー畑で炎天下2時間くらい過ごしたことか。或いは、日本語が出来る人がいなかったので、1人黙々と運転したことか。はたまた昼食に彼女達が買ってくれたホルモンうどんがめっぽう脂っこくて、気持ちが悪くなったことか。帰りの道中は体は疲れているのに気分だけが妙に覚醒している不快な感じだった。家に何とかたどり着き、休憩を取って初めて正常に戻った。  状況に応じて、いくつかのパターンを考えた。最悪、目覚めた時の体調が悪ければ邑久駅まで車で行き、そこから全て電車を利用する。2番目のパターンは、笠岡駅まで車で行き、海岸通の駐車場に車を置き山陽本線の電車を利用する。この2つのパターンでは、福山駅から会場のふくやま芸術文化ホール リーデンローズまで市内バスを利用することになる。3番目は、直接リーデンローズまで車で行き、そこから市内バスで福山駅に行き、山陽線尾道まで行く。そして4番目が理想の尾道まで直接車で行き、尾道観光をした後福山に戻り第九を聴き牛窓に帰るというものだ。  僕は福山まで車で行ったことがあるがそこから先は未知の所だ。尾道は1人で行くときは新幹線、かの国の女性たちを連れて行くときは山陽本線で行く。だからイメージとしては電車で行く所なのだ。だから車で行くには最初から抵抗があった。それに輪をかけたのが1週間前の笠岡行きだった。ただ、本来ならそんなに悩むことではない。電車で行けばいいのだ。しかし僕には迷わなければならない理由がある。  僕がお世話している漢方薬の患者さんの多くが、日常生活の中で多くの「出来ないこと」を抱えている。人前に出られない、公共の乗り物に乗れない。美容院や喫茶店に行けない。PTAの会合に出られない。人前で話せない。バイパスに乗れない。高い橋を運転できない。人と一緒に食事が出来ない。映画館に入れない。ガス栓や火の元の確認が一度だけでは外出できない。その他、人それぞれに出来ないことがある。例えばバンジージャンプみたいに日常どうしても必要でないもので勇気を発揮して欲しいのではない。誰だって出来ることで物怖じして出来ないとあきらめることを避けれたらと思うのだ。普通の人なら必ずできるごくありふれた日常の行動を手放して欲しくないのだ。  多くの方に漢方薬を飲みながら現場に出てもらうようにお願いしている。一人隔離された状態だとどの「出来ないこと」も不都合ではない。それぞれの現場に出て「出来ないこと」を「出来ること」に変えていくしかない。皆さんにそうお願いして僕が避けたのでは全く漢方薬にもこの治療法にも説得力がない。だから僕はどうしても車で全うしたかった。  当日朝、少し寝不足気味で体が重たかった。偶然その日は地区の溝掃除の日で、早朝からスコップを持つことになった。その影響か体の重たさが消えた。そこで内心尾道まで行ってやると決めていた。ところが家を出て10分もすると急に眠気と倦怠感が襲ってきた。そこで、かの国の女性たちに指示していつも僕が頼り切っているアンプルとドリンクを取り出してもらい飲んだ。これは結構即効性があり程なく体力は回復した。これで行けると確信して、笠岡でも福山でも道を逸れずに尾道に結構簡単にたどり着いた。成功の理由はやはり同乗したかの国の女性4人の内2人が日本語が堪能だったことで、しばしば語りかけてくれたことだ。気持ちも紛れたし睡魔に襲われることはなかった。尾道観光をした後は、福山でコンサートを楽しみ、慣れた道を帰って来た。  一言で言うと、とても楽しかった。そして尾道観光、ホテルでの食事、第九のコンサートを心から楽しんでくれているかの国の女性たちを見て、僕の心も満たされた。3ヶ月の短期の応援で来日している人たちに、良い思いでの一つを作って上げられたことが嬉しかった。  僕が車で遠出できるかが本来の目的ではない。自国で電車にも乗ったことがないという人に、僕が出来る最高の思い出作りの手伝いが本来の目的だ。そのことを繰り返し確認しながら運転した。その結果僕は達成感と言う心地よい果実を頂いた。と言うことは、結局僕のは無償の愛ではなく、有償の愛なのだ。、