雛芥子

 めっぽう車に弱い女性が秋に帰国する。京都にはとても行けないから、少しでも思い出を作ってあげようと、色々インターネットで検索した。とにかく花が好きな人だから、花で検索して見つけたのが、県西部の笠岡ベイファームのポピーだ。いわゆる道の駅だから、僕は花よりそのほうに興味があった。  車で1時間半、まずまずの距離だ。到着して臨時の駐車場を利用した。正規の駐車場が既に満杯だった。結構人気があるのだと驚いた。県外ナンバーも見かけたし、観光バスも沢山の人を降ろしていた。花は興味の対象外で全く無知だったから、人それぞれ楽しみを持っているのだと再認識した。  4人かの国の女性を連れて行ったが、着くなりすぐにポピーが満開の広大な畑の中に入っていった。ここからはお決まりの写真取り捲りの時間だ。もう慣れたから僕は全て織り込み済みで、ポピー畑の中のベンチに陣取って干拓地を吹き抜ける風に太陽で熱を帯びる体を冷やしていた。両者のバランスがとてもよくて、晴天に近いのに暑くもなく過ごせた。2時間近く彼女達はポーズをとりシャッターを切りまくっただろうか。  ベンチの傍にあった説明書でポピーなるものが雛芥子(ヒナゲシ)であることを知ったが、考えてみれば僕は実際にヒナゲシは知らない。学生の頃、中国人の歌手が「ヒナゲシの花が~」と歌って人気を博したから名前だけ知っていた。半世紀を経てその花に出会ったことになる。もう1つ出会ったのは、B級グルメでおなじみのホルモンうどんだ。津山が本場だと思うが、笠岡で売っていた。昼食を何処で何を食べようかと迷っていたら、かの国の女性たちがそれを買って来てくれた。もう1つはイカのから揚げ。食べてみたらイカと言うより牛窓ではベカと呼んでいる小さなイカだった。どちらにせよ脂っこいものばかりだ。特にホルモンうどんはひどかった。ホルモンはもとよりうどんも脂でギトギトでこの時間になっても気持ちが悪い。余程若くて胆汁が出る人でないと食べられないだろう。  彼女たちが花を見ている間、僕は空を見ていた。牛窓は背後に小高い山があるから、空は180度だ。ベイファームから眺める空は360度だ。名前からも分かるように、湾を埋め立てて農地にしたのだろう。嘗て何をどう見積もって広大な湾を埋め立てたのか知らないが、今では広大な農地をもてあましているように見えた。ポピー畑もひょっとしたら苦肉の策なのかもしれないと、うがった考えが脳裡をかすめた。もしそうなら当時それを推し進めた政治屋や疫人に責任を問いたいくらいだ。もしここが昔のままの入り江だったらどのくらい綺麗で、どのくらい沢山の海洋生物を育んでいるだろうと思ったのだ。  朝8時半に牛窓を出て、午後2時に帰った。帰り道眠気がかなりひどかった。日本語が苦手な女性ばかりだったことと、いつものように車の中ではよく寝ることとで、独り睡魔と闘いながら運転した。たかが笠岡まででこんなに疲れるのかと、我ながら情けない。来週は福山に真夏の第九を聞きに行くのに、これでは車では到底行けない。電車を利用しなければ彼女達を危険な目に合わせる。  気が進むことでも、気が進まないことでも、気づきって一杯ある。そういうものにあたった時のワクワク感では体力の衰えをカバーは出来ないが、智恵を働かせてもう少し彼女達の思い出作りに貢献したい。