教訓

 顔中口だらけの赤ちゃんツバメが6羽、狭い巣の中で親鳥が餌を運んでくるのを待っている。親の気配が分かるらしく、一斉に背伸びしたかと思うと親ツバメがすごいスピードで階段を滑空して上がってくる。巣の端に止まると一瞬にして餌をやり、すぐに飛び立つ。「父ツバメと母ツバメが1分毎交替して運んでいる」とは、踊り場のシャッターを開け、台所から直接巣を見ることが出来る妻の言葉だ。  昼食時、娘が覗くと、踊り場に1羽の赤ちゃんツバメが落ちていた。娘がそれを巣に返した。夕方娘が気になって覗いてみたら再び赤ちゃんツバメが1羽落ちていた。また娘は巣に戻した。その話を聞いていて、ひょっとしたらそのツバメは同じツバメだったのではないかと思った。僕が昨日覗いたときに、階段入り口から一番遠い場所に陣取っているツバメが他のツバメに比べて明らかに小柄だった。餌をもらっていないのではと心配だった。そして今日落ちた?落とされた?ツバメがいると聞いてすぐにそのツバメのことを思い浮かべた。2度も人間の手に触れたのだから、ひょっとしたら人間の香りがするかもしれないし、そもそも2メートル以上も上から落ちたのだから元気かどうかも疑わしい。  巣の中で生存競争が始まり破れた子がいるのか、それとも親が淘汰しているのか分からないが、僕には単なる子ツバメのどじのようには思えなかった。自然の営みの中に主観を持ち込んではいけないと思っているが、どうしても弱者に対して、気持ちがなびく。見なければすんだ話、知らなければすんだ話ではあるが、娘夫婦がことさら大切に扱っているので見ない訳には行かない。たかがツバメの話ではあるが教訓は汲み取ろうとすれば一杯あるに違いない。