蜘蛛

 朝、モコの散歩の為に隣の駐車場に行った時に不思議なものを見た。ある車の傍を通り過ぎようとしたときに、細い一本の蜘蛛の糸が目の前に伸びているのが見えた。ほんの一瞬見えたので目を凝らすとやはり蜘蛛の糸が水平に張られている。白い車のフロントガラスの上あたりから伸びているのだが、糸の所々が見えるだけで全容は分からない。さすがに車と接触している部分は巣と言えるもので、開いた扇子のようになっていて、一本から始まっているのではないのは明らかだ。接着部分はより強固にするためにそのような形にしているのだろう。ところがそれは人間の手のひらくらいの大きさだけで、後は1本の糸が張られているだけだ。角度を変えて見ても所々は見えるが、何処まで伸びているのか分からない。一体何処まで伸びているのか知りたくて上から見たり下から見たりして追ってみると、なんと7mくらい離れたところに駐車している川崎ナンバーの車まで続いていた。一体どうやってあんなに離れたところまで蜘蛛の糸を伸ばすことが出来たのだろうと、そして1本の糸で何を期待しているのだろうと不思議に思ったが、あるテレビ番組を思い出した。何年前のことだったか分からないが、NHKの番組で蜘蛛が空を飛んで、何千キロも移動するというドキュメントを見たことがある。それを思い出したのだ。  昨日は風が強かった。春のよく晴れた日にしばしば経験することだ。恐らく巣作りに励んでいた蜘蛛が風に飛ばされて水平移動したのだ。着いた先が川崎ナンバーの車だったってことだ。何の工夫をしたわけでもなく、ただ風に飛ばされ7メートル移動しただけなのだ。感動するほどのものではない。糸を空中に吐き出せばそれがパラシュートになって風を受け飛んでいける。番組がとてもセンセーショナルだったのでよく覚えている。  普通なら僕は蜘蛛の巣を見つけたら落とすが、その1本の糸に関しては同じことをすることが出来なかった。理屈は番組で知ったから分かっているが、こんな小さな出来事でも、理屈だけで解決してはいけないこともあると思ったから。