見えるんです

 さりげなく「見えるんです」と言われたが、それである程度は想像がついた。と言うのは、あまりにも疲れた顔をしていたので理由を尋ねると5日前にお父さんが亡くなり、葬儀などでかなり忙しかったと教えてくれたから。まして僕より年下の女性だから、そうした行事に慣れていないからなおさらだ。お父さんの年齢を尋ねると丁度90歳らしい。そこで僕が「じゃあ、十分ですね」と言うと「本人もそう言ってます」と答えた。このやり取りに何となく違和感があった。「本人?」「そうです。」「本人が言ったの?亡くなったのではないの?」「はい、通夜の時に言っていました」  何も脚色されない自然な会話だ。家族5人、全員の漢方薬を作らせてもらっているからよく知っている人で、彼女は1日3時間睡眠で4人の生活を支えている。職場、働く時間がばらばらの4人を送り出す、そして迎えるの繰り返しを3時間睡眠で切り盛りしている。お子さん3人ともしっかりした人たちだから放っておけばよいと思うのだが、どこか古い価値観を身に付けた人なのだろう、倒れるのではないかと言う僕の懸念など無視して頑張っている。またお子さん達もとてもよい性格の人たちで、例えばこの「見えるんです」を演じたり嘘をつくような人ではない。長女が実は「見えるんです」らしいが、彼女だったら僕は100%信じる。嘘などと言うものからもっとも遠く離れた人だから。  何が見えるのかとても興味があった。だから失礼と思いながらも、結構詳しく聞いた。全部覚えて披露したかったが、メモを取るわけにも行かず記憶力に頼った挙句を下段に箇条書きで書く。長女はとても穏やかな方で、着実に仕事をこなし評価は高い人だ。ただその性格ゆえか時々心が折れて僕の漢方薬が必要になる。末っ子も以前は「見えて」いたらしいが、最近は見えなくなったらしい。 〇通夜の時、おじいさんはいなくなった。何処に行っていたのとたずねると実家に行ったり、色々行かなければならないところが  あったそうだ。 〇斎場ではおじいさんは沢山の人たちと空に浮かんでいた。おじいさんだけはっきりと見える。後の人たちはボーっとしている。足 はなかった。 〇葬儀の間ずっとおじいさんはみんなの肩を叩いて回っていた。(実際に長男は左の肩が急に痛くなり、次女は右の肩が痛くなった ) 〇彼女(娘)の体をとても心配していた。 〇彼女には3人がついている 〇他の家族にもついている 〇当然上を向いた姿勢で納棺していたが、お別れの時に首が左側に向いていた。葬儀のときにお経が聞こえるほうを向いていたらし い。 〇骨を拾う時に「いい骨をしとろうが(しているだろうが)」と言ったらしい。実際に90歳とは思えない骨をしていたそうだ。

 もう少しあったと思うが、思い出したのはこのくらいだ。淡々とお嬢さんが見た光景を説明してくれたが、もう慣れているのだろう、僕みたいに興奮しない。「それだけ見えるのだったら他のところでも見えるのではないの」興味しんしんで尋ねてみると「広島に行くと一杯見えるらしいですよ。電信柱の陰なんか一杯いるらしいです。だから娘は広島に行くと頭が痛くなるらしんです」と教えてくれた。「私はもう慣れているから怖くはないです」と言うが、僕も怖くない。むしろ何か科学的な手法で証明してくれないかなと思う。  今度お嬢さんが自分で薬を取りに来たら根掘り葉掘り聞いてみたい。もう病気のことなど放っておいて。これで僕は見える人を二人知った。