脳腫瘍

 今朝、ミサが始まる前に1つの小さな箱が回されてきた。箱の上には張り紙があり、ある方の親族が脳腫瘍の手術を受けるから寄付をしてくださいと書いてあった。僕の隣にはその朝教会で初めて会ったかの国の女性が腰掛けていた。その女性に箱を手渡すと彼女は箱に書かれた文字を声を出して読み始めた。簡単な言葉は読めるんだと思って聞いていると、脳腫瘍と言う字まで正確に読んでしまった。その字が読めるのだから、あとの字も完璧で何の間違いもなく読み終えた。それには正直驚いた。その字が読めるのだから余程日本語が堪能なのだろうと思い「N1(日本語検定試験1級)なの?」と尋ねてみた。するとやはりN1だった。僕はかの国の女性でN1を持っている人に会ったのは二人目だ。10年位前、初めて牛窓の工場でかの国の女性達が働き出した頃、通訳としてきていた女性が持っていた。彼女はかの国では日本の東大級の学校の卒業生だったからN1を持っていても不思議ではないが、今朝の女性は介護士としてやって来ている看護士だ。外国語大学の卒業生ではない。その上彼女が日本語を勉強し始めたのは日本にやってくる1年前からだ、。向こうで1年勉強してN2をとり、来日して1年でN1をとった。今まで多くのかの国の女性に接してきたが、このスピードは驚愕のスピードだ。どうしてそんなに早くN1が取れたのか興味があった。そしてわかったことは「日本語が好き」というとてもシンプルなことだった。ただシンプルだけれど勉強にとって一番のモチベーション維持の理由になる。興味もないのに覚えられるはずがない。  彼女はクリスチャンではないらしい。ただ興味があるそうだ。ミサの間中彼女はとても興味深く神父様や信者の行動を観察していた。1時間の間にいろいろなことが行われる。その一部始終を漏らさず見てやろうという意気込み、好奇心が前面に出ていた。恐らくその性格が日本語の習得にとても役立っているのだと思う。  その後教会で復活祭のパーティーがあった。心細かったのか僕を隣にこさせ、他の信者さんとも打ち解けて話していた。2時間くらいでお開きになると、一緒に来た男性の後輩看護師と帰るというので、丁度母の施設への通り道だから送っていくことにした。道中で「お母さんの施設に一緒に行ってもいいですか?」と二人に尋ねられた。当然大歓迎だ。僕1人で行っても沈黙の時間が支配するだけだ。介護のプロでもあるし断る理由はない。  やはり期待したとおり、いやいや予想以上に母に対して親切だった。母を見るなり「かわいい」と言ってくれ、優しく色々話しかけてくれる。母の手をとり、細くて長い指を綺麗だと言ってくれ手を握り続けてくれていた。どの子もどの子もどうしてこんなに母に優しくしてくれるのだろうと思う。クールすぎる息子を持って気の毒だと思うが、それを補って余るほどの愛情をかの国の青年達から頂いている。そういう意味では幸せだなあと思う。  その後2人と彼女の寮に行き、かの国のコーヒーをいただきながら色々な事を話した。今日僕と出会えたことが、とても幸運だったと言っていた。その理由は僕には分かる。笑いが多いことと嘘がないこと。言葉や態度に修飾がないこと、それに尽きるみたいだ。異国の、自分の親より歳が大きい男と6時間近く話すことが出来るのだから、上記の条件は必須だ。延べにしたら恐らく50万人を越える人たちと薬局で話をしてきた経験が、この年齢になっても薬局外で人様の役に立てれる理由だろう。  いつかかの国の料理を振舞ってくれるらしいが、ひとつだけお願いした。「にんにくは使わないで!」