座布団

 妻が、ある女性の家に漢方薬を届けた。かつてはジープを豪快に乗り回していた女性だが、今は見る影もない。骨格系のトラブルでお世話しているが、病院では脳に出来た腫瘍の治療もしている。いくら元気一杯だった女性でもダブルで来られれば太刀打ちできずに、家の中でも行動が制限されている。だから妻は家の中に入っていって部屋まで薬を届けるのだそうだ。そのことに関しては不満はないが、一つだけいやなことがあるらしい。それはその女性がヘビースモーカーってことだ。部屋からほとんど出ずにタバコばかり吸うから、タバコの臭いが部屋に充満して耐え難いのだそうだ。  そこであまりのひどさに「タバコの臭いが苦手なので家の外で薬を渡すようにしてもいいですか?30年くらい前に、主人にもタバコをやめてもらったんで」と頼んだらしい。するとその女性は面白い答えを返してきた。「御主人、かわいそう。タバコを止めさせられたの?」笑点なら座布団10枚くらいだ。脳腫瘍になってもまだプカプカタバコを吸っている豪傑でないといえない言葉だ。それが冗談でなく本気だというところがまたいい。  思想信条といえば大袈裟だが、人には譲れない価値観と言うものがあり、この女性にとってタバコは悪ではない。むしろ好ましいものなのだろう。それだから出た素直な感想だが、今年に入ってから一番面白くて興味がある言葉だった。