飛行機代

 貸した1万円を返しに来たのかと思ったら、「お願いがあるんじゃけど」と開口一番に言われたので「〇〇君、もうだめだよ!」と断った。ところが重ねての無心ではなく、沖縄に行くにはどのくらいお金がかかるかインターネットで調べてほしいと言う用件だった。例の1万円は年金が入るまで待ってのことだったが、そんな経済状態で沖縄に行くと言うのはもってのほかのように常識的には思ってしまうが、そんな常識があったら酒や博打で身上は潰さなかっただろう。  何でも大学時代の仲間が沖縄に誘ってくれているらしい。体育会系の大学だから結びつきが深いのだろう。40年も経って「飲もう」なんてのは僕の辞書には無い。僕は、岡山空港から沖縄行きが出ているのかどうかも知らないし、そもそも飛行機など乗るつもりもないからまったく知識が無い。それでも知っておいてもいいかと、なけなしの好奇心を振り絞って調べてあげることにした。飛行機代って何で決まるのか知らないが、結構飛行機によって差があり、往復5万円くらいの相場と理解した。その事を告げると予想外に高かったらしくて、すぐに諦めの言葉が口から飛び出した。ついでに、飛行機の時間や、岡山駅から空港までのバスの便などを調べているうちに、経済以外に沖縄行きを妨げるものは無いと思い始めたのか、再び話を蒸し返し始めた。  「本当は飛行機なんか乗りたくないんじゃ。今まで4回くらい乗ったけど怖かった。落ちりゃせんかと本当に手を合わせて拝んでいた」「僕も怖くて乗れんわ」「もし落ちたら、保険の受取人を大和君にしておいて上げるわ。どうせ家族は死にそうな人間ばかりじゃから、金を残しても仕方ないじゃろう」確かに離婚して今はお兄さんと住んでいるが、お兄さんは癌で闘病中だ。もう1人のお兄さんも同じ病気らしい。「そりゃあ〇〇君、ありがたいわ。そんなら落ちそうな飛行機になるべく乗って!」「マレーシアの飛行機にでも乗ろうか」「そうそう、毎日でも乗ってくれる!宝くじより確率が高いんじゃないの。楽しみにしているからな。そのお金でお墓くらい僕が作ってあげる」「墓なんかいるもんか。死んだら終わりじゃ」「そりゃそうじゃ、悪いけど、お墓代も倹約するわ」「悪いことなんかねえわ。しっかり使って頂戴」  健康を売る薬局にふさわしい夢のあるひと時だった。