募集要項

 アルファベットで教えてくれたのだが忘れた。なんでも、かの国と日本で就業の為に取り決めた約束事らしい。その約束事によって二人は来ている。いわば選ばれた職業の人なのだ。  向こうでは大学卒の看護師だったが、この国では介護士として働いている。日本語の1級試験に合格すれば看護師の国家試験の受験資格が得られるらしいが、なかなか漢字のない国から来た人にはハードルは高い。  彼女達が働いている施設は偶然僕の薬局が薬を作っている施設で、百数十人入所者がいるからかなり大きい規模だ。御他聞に漏れずその施設も人手不足で常に職員の募集をかけているし、彼女達のように外国からの助っ人もお願いしている。  毎年向こうで日本語の教育を受けてから派遣される仲間は60人くらいらしいが、それを全国の施設で取り合い状態だ。如何に自分の施設に来てもらうか腐心しているみたいで、おおむね、既に働いている人達の人間関係に頼るところが多いらしい。事実二人も、昨年背中を痛めて帰国した先輩に誘われて牛窓の施設を選んだらしい。「交通の便もよく自然に溢れて町もて近く便利」と言う先輩のうたい文句に騙されたと三人が楽しそうに話しているのを聞いた。  今度は自分達が施設の為に騙す番に回るらしくて、この前インターネットで国の送り出し機関に牛窓の施設の募集要項を送ったと言っていた。どんなことを書いたのか興味があったので尋ねてみると3つ列挙したらしい。 〇バスは1時間に一本だけど、自然が多く、空気がきれい 〇近所のおじいさんやおばあさんが優しくて、野菜をくれる 〇お父さんがいる  1番目は正直に書いたらしい。2番目は、寮の近所のお年寄りが野菜をしばしばことづけてくれるらしい。庭先の柿も自由にとって食べていいよとも言ってくれ、日本の甘い柿を楽しんでいるみたいだ。3番目はどうやら僕で、牛窓の自然や牛窓の人たちの優しさと同列に扱ってくれているんだと、少し嬉しかった。一角を占めることができるなら、もっと親切にしてあげればよかったと思えるほど恐縮ものだが、まだまだしてあげられることはあると智恵を絞っている。僕でなくとも日本人なら誰でも出来るちょっとした親切が、山を越え、海を渡り、はるか彼方の異国にいる人の行動に影響を及ぼす。1秒で何万キロを移動できる技術を獲得した時代ならではのことだ。 、