示唆

 興味深い経験をした。普通、向精神薬といわれるものを飲んでいたら、その薬から離脱するのはかなり難しい。まして何年も飲んでいたら尚更だ。ところがこの方はわずか2週間で3種類のそれらの薬を切ってしまった。と言うことは如何にそれらが今まで無駄に飲まされていたかってことでもあるし、中毒になるほども効かなかったってことだ。いわゆる毒にも薬にもなっていなかったてことだ。  30数年2時間睡眠だというから、僕の持論を証明しているような人だ。2時間意識不明になれれば大丈夫。その代わり6時間くらいは横になる。これで脳と体は休まっている。ところが僕達は、理想の睡眠を求めるからこんな数字には耐えられない。だから不眠症の薬をもらい、それは脳の中に入っていける薬だからどうしても依存してしまう。飲まなければ眠れない悪循環に陥ってしまう。ただ、この方は珍しく「飲んでも眠れない」人で、苦痛はかなりだ。問診中にもふと涙を流しそうになった。ただ善良そうな人柄が零れ落ちそうな方で、僕はなんとしても希望をかなえたいと思った。紹介してくださった方の善意にも応えねばならなかった。僕は話していて、医者が感じて投薬したこととはまったく別のことに気がついた。この方の不眠は全く心と関係ないと思ったのだ。心より体の治療が優先されるべきだと思ったのだ。体調が整えば自然に眠れるようになってもらえるのではないかと思った。問診で肉体的な歪が分かったから、それを治せば自然に解決できると思ったのだ。  40年近い不眠がわずか2週間で治った。不眠イコール心の悩みなどと言う勝手な決め付けをしないようにと戒められる経験だった。運よく漢方薬には脳の中に入っていける薬はない。多くの依存症を作ることに漢方薬は加担しない。体や心にどんな歪を抱えているのかを問診で確かめ、それを解決する処方を探す。その処方が合えば驚くほどの自然治癒力を発揮する。  不眠だけでなく、多くの示唆に富んだ経験をさせてもらった。何歳になっても学ぶものは多い。