沈黙

 10年前はもっと勢いがあったように思う。職業柄、裏街道を歩くような人と交渉しなければならないようなことも多々あったみたいで、柔い人では勿論その職を全うできなかっただろう。だからと言って本来の気性がそうだったかと言えばむしろその逆で、繊細で気の弱い人のように僕は感じていた。  それが日増しに本来の自分の気性に戻っているように感じる。色々なきっかけがあるみたいだが、一番の理由は残して死ぬわけには行かない家族がいることだろう。自分の老いるスピードを制御できなくなり、守ってあげるべき人も年齢を重ねる。今自分がいなくなれば残された人が、路頭に迷うことが目に見えている。そうなれば多くの人や機関に助けてもらわなければならない。そのことが身にしみて分かり始めたのだろう。誰もが自分はさておき、家族のことになったら弱いものだ。  永遠に親であることを強いられている人がいるし、数も増えた。親が長生きになってきたから、子がどんどん追いついてくる。幸せなどという言葉を何年も味わったこともなく、終わりのない日常が終わるのを恐れる。どうして?と数多の問いかけに木霊は沈黙する。