判断

 その言葉を思いついて指を折ってみたら、すぐに両手では足りなくなった。そのくらいこの言葉が正しいのではないかと言う裏づけだ。  弱肉強食そのものの現代社会のせいか、精神病薬をやたら飲ませる現代医療のせいか、それとも僕が同様の素質を持っていて理解しやすいためか、長い歳月をかけて、心のトラブルの患者さんがヤマト薬局には増えた。自律神経の乱れが原因のトラブルを含めると、もうほとんどの人がその範疇に入ってしまう。ただ僕のところに来てくださり、僕の漢方薬を飲んでくれる人にはそれ以上はという境界線がある。頼ってきてくれる人のほとんどは病院で治らない人がほとんどだから、全ての人のお世話をしそうだが、そこは専門家ではないから、厳格に守らなければならない限度がある。  躁の患者さん、これは僕らには手に負えない。逆に自殺志向の患者さん、これも論外だ。この2つは理解してもらえるが、問題は次。笑えない、笑わない人も、たかが漢方薬局がお世話すべきではない。僕らの実力(武器)では手に負えない。逆に一瞬でも問診中に笑う人はむしろ漢方薬のほうが適していると思う。最初は頑なに垣根を作っている人でも、打ち解けてくるとよく笑う人、この人たちは単なる「話し相手がいない病」ではないかと思うようになった。僕と話していると、何処が病気なのと確認したくなるくらい楽しんでくれる人が結構いる。わずか薬局にいる数十分のうちに劇的に変化するので、家族の方が毎週連れてくる人も数人いる。僕はそうした人には1週間分しか薬を作らないことにしている。以前は家族には手に負えないくらいだった人も、近所でも評判のよい人に復活した人もいる。一杯話をして、精神病薬を徐々に減らして、漢方薬で心身ともに強くする。それで元気な頃に戻った人も多くいる。  つらいこと、苦しいことが続けば、心は落ち込み自律神経は乱れ病気のようになる。ただ多くのそれは命を守るための防御反応だ。だからそれを個別に薬で攻めるのではなく、体も心も元気にするような生薬を服用してもらうと元に帰ることを多く目撃した。身を守るために当然起こるべき反応を病気にしてしまうと、本質を見失ってしまうような気がする。  こんなことを考えたのは、今日母を見舞っているときの静寂の中でだ。山を背に丘に立てられた特別養護老人フォームからは眼下に僕が嘗て過ごした田園地帯が見下ろせる。時折り車が通るがその音は聞こえない。聞こえるのはただ1つ蝉の声だけだ。今が盛りにけたたましく鳴き続ける。運よく雲に太陽の光をさえぎられていたので、1時間くらい広いグランドを何週も車椅子を押して回ったが、ある木の下に来れば突然に鳴き声が大きくなり、ある木の下では小さくなる。何も話さない痴呆の母と、気のきいたことが言えない息子との沈黙の時間だった。しかし、とても心が休まった。普段患者さんと1日中喋っている僕には至福の沈黙の、いや静寂の時間に思えた。けたたましい蝉の鳴き声は、日常から僕を隔離してくれる音のカーテンのように思えた。あの鳴き声がなければ僕は静寂を堪能できなかったと思う。そして僕はそこで確信したのだ。田舎の小さな薬局にしては、そして僕が決してそのような患者さんを標榜していないわりには、難しい患者さんが多い。それなのに今だ僕が精神を普通に保っておれるのは、実はそうした人達を含めて話し相手が多いからではないかと思ったのだ。1日何人の人と、何十年喋り続けただろう。そのおかげで僕は孤独にはならなかった。そして当然孤立もしなかった。  僕は目の前で、笑いを取り戻す光景をみたいがために毎日頑張っているような気がする。内臓の病気だって、笑って副交感神経優位になれば治りやすいに決まっている。僕ら末端のたかが薬局では、理論を確立する術はないが、長年の経験でたかが「話し相手がいない病」なのに、立派な病名を付けられそれに納得し、不本意な薬を飲み続けている人を沢山見る。来月には恐らく3階が空く。かつてのように、出口をいまひとつ見つけることが出来ない人たちのために、「話し相手がいない病」の人たちのために、開放しようかと考えている。それは自身がこれからどう生きるかの判断にも影響する。このまま能力が維持できる間は薬剤師で生きるか、それとも体力が残っている間にかの国に行き、自分が一番苦手な「ボー」として1日を無為に過ごすことに挑戦するか、それともタレントになって白痴集団の中に入るか、それとも政治屋になって、貧乏人を大量に作って金で操れる飼い犬にするか。 判断を迫られている。

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