連帯感

 さらっと聞き流したが、やはり確認してみたくなって、聞きなおした。  ある体調不良で相談に来てくれた人だが、2週間で効果の兆しが見えていることで安心して、2度目の来店となる今日は、話が随分と早くから脱線した。僕の薬局では日常繰り返されている脱線だ。これがJRなら倒産しそうなくらい脱線続きだが、僕は薬局だから脱線で倒産はしない。ただ、脱線しすぎで信用は随分と失っているかもしれない。今日の脱線は、病気を治すために運動をして欲しいというところから始まった。たったそれだけですむ内容なのだが、運動を継続するのは難しいという話で、時々踊りに参加しているから、それで運動の代わりになるかって話しだった。踊りにも色々あるからどんな踊りか尋ねたら盆踊りだった。盆踊りだったらこの時期だけと思ったが、練習だから年中らしい。そして僕がさらりと聞き流してもなお聞き流せなかったのがその時に言われた言葉だ。「手をつなぐから、今時、ちょっといやなんですけれどね」  「盆踊りで手をつなぐの?」僕らの子供時代には部落毎盆踊りは盛大に行われていて、一杯踊りは見てきたけれど、盆踊りで手をつなぐのは見たことがない。「それ、フォークダンスではないの?」と誰でもが思いつく質問をした。「マイムマイム ベッサッソンではないの?」と懐かしいメロディー付で繰り返してみたが、そうではないらしい。「盆踊りで手をつなぐのがあるんですよ」と真顔だ。病気の話そっちのけで、初めての知識に小躍りだ。なんでもないことだが、そうした初耳に素直に感動できる自分がありがたい。何かにかこつけてその日その日を肯定し続けないと、気力も体力ももたないから、日々の小さな感動はありがたいのだ。  この女性はそれこそ20年か30年前に漢方薬を飲んでくれた人だ。まだ僕が漢方薬を勉強し始めの頃だ。当時未熟ながらもよく効いたみたいで、今回再び頼ってきてくれた。僕と同じように年齢を重ねているのが又嬉しい。同じ時代をそれなりに懸命に生きてきたんだと、僕の勝手な連帯感を押し付けている。