現在進行形

 最初にやって来たのは2月だから、まだ半年は経っていない。ただ、きっちり2週間毎に来るから、薬局の1つの風景になっている。彼が来た理由は、10年来の心臓の異変だった。平生でも脈が早く打ち、なんとなく胸の辺りが不愉快らしい。坂道を登るのがしんどくなり、最近では仕事をするだけでも胸のあたりが苦しくなるみたいだ。顔を一瞬見ただけで、大酒のみってことが分かる。そのせいでもあるのか黄班変性症も患っていた。僕より2歳上だから、それらの症状があっても不思議ではないが、酒がどのトラブルにも影響しているのは分かる。ただ、顔色がくすんでかなりしんどそうなのに僕のところにやってくるのは、病院にかかって酒をやめるように言われるのがいやで、病院に行けない人だからだ。案の定、この男性も僕に治してくれって頼みこむ。狭心症心筋梗塞か、何が待ち受けているのか分からないが、酒を飲みながら治してくれってことなのだ。  こんな小心にして大胆な患者は僕は得意としている。酒は今までどおり飲めばいいから、僕の漢方薬も欠かさず飲んでもらうようにお願いした。すると2週間目には心臓の苦しさが変わってきて,仕事がしんどくなくなってきた。そして来るたびに顔が白くなり、背筋も伸び若返った。本人も満足がいく体調だった。ところが今日は「疲れが取れない」と珍しく訴えた。処方に反映してくれってことなのだ。頼まれたからには何とかしてあげたいから問診を始めた。すると、前の土曜日から日曜日に掛けて、しまなみ海道生口島に釣りに行ったらしいのだ。生口島まで車で行き、そこから船に乗るらしい。そして夜を徹して釣りを楽しみ翌日帰って来たらしい。  実は同じ日僕は、岡山市に出かけ、その後玉野市に行った。たったそれだけなのにぐったりとした。そのことを例に出して「メチャクチャ元気ではないの!」で済ませた。単純明快、薬はいらない。飲むんだったら僕の方だ。がっかりしたのか安心したのか帰ろうとして、これから「かまぼこを買って帰る。牛窓に来る度に買って帰るんです」と言った。僕の薬局から車で5分くらい走ったところに那須かまぼこと言う老舗があって、そこの昔ながらのかまぼこを買って帰るらしい。なんでも県北の有名な凱旋桜を見に行ったところでわさびを買ったらしい。そして家の庭に植えたら、4本が立派に育ち、那須かまぼこを食べるときに添えるととても美味しいらしいのだ。「本当の酒飲みは立派な肴は食べん。かまぼこくらいなもんですわ」と照れる。自分で育てたわさびでかまぼこを食べ酒を飲む、大酒飲みには至福の時間なのだろう。  ところで最初にやって来たときは軽四トラックだったのだが、その次からは似合わないくらいの高級車でやってくるようになった。いや、顔からどす黒さが消えて、今にも倒れそうな様子がなくなれば、むしろ高級車のほうが似合っている。桜を見に行くなどと最初の時点で聞かされていたら、笑い転げそうだが、今ならなんとなく腑に落ちる。外見で判断したらいけないが、職業柄、健康度で人を判断することを許して欲しい。血液の滞りを改善し、血液の質自体も改善すれば、人が変わる。そんな興味深い体験を現在進行形でしている。