成長

 僕が牛窓に帰った頃には、近所に協和カーボンと言って大きな工場があったから、多くの労働者が通勤するのが見えた。その後その会社は斜陽になり工場は閉鎖された。それに替わるように2社が牛窓に進出したが、薬局があるところとは遠いので通勤している姿は見えない。労働者が門の中に消えていくような光景は長いこと見ることはなかった。  そんな頃と言っても10年位前にはなるが、同じ作業服を着て同じ帽子をかぶり、同じマスクをして1列になって自転車をこぐ若い女性達が時々目に付くようになった。その人たちが2社のうちの1つの工場で働いている外国の人たちというのは風の噂で聞いていたが全く興味はなかった。ただ若い、いかにも労働者ですと言わんばかりの人の姿を見るのは過疎の町に希望を感じさせ心地よかった。その程度の関心でいたある日、時々目にしていた集団が薬局に入ってきた。体調を壊して薬が欲しかったのだが、通訳だと言う女性の日本語の質に驚いた。病気の相談そっちのけで何故そんなに日本語が上手なのか尋ねた記憶がある。彼女達もそうなのだが、日本人はシャイでなかなか話しかけてくれなかったところで、僕が興味津々で話しかけたから驚いたみたいで、その後何度も訪ねて来る様になった。後に分かったのだが、彼女は特別優秀で、漢字がない国の出身者にしては珍しく日本語能力試験の1級を所持していた。そこらあたりの日本人よりはるかに漢字を知っていた。僕のアジア人に対する先入観を一瞬のうちに壊してくれた人だった。  彼女の通訳のおかげで。他の女性たちとも話をするようになって、彼女達が現地の日本の工場で選抜された人達だと知った。3000人の中から日本に行くことができる人が選ばれるのだが、さすがに性格や体力や道徳観が優れている。僕は幸運にも3年ごとに交代するその人たち全員と接することができたから、良質の交流が出来ている。この良質がなければ今の関係はありえない。今や、かの国の人たちが日本で犯す犯罪率が一番だと聞いて、なるほどなと頷くような光景を最近目撃することが多くなった。何でもかんでも招き入れた挙句が、ヨーロッパやアメリカだ。庶民が招き入れたのではない。安い給料で雇い大もうけが出来る鬼業家がたくらんだことだ。成長成長と馬鹿の一つ覚えのように今だ唱える奴等に良質な社会など無縁だ。身も心もずたずたのこの国の人間をこれ以上作ってどうする。ボーダーラインからも遠ざかるような人生を誰が強いる事ができるのか。