射程内

 かの国の女性は総じて少食だ。この2人もそうだ。なのに、僕より速いスピードでどんぶり物を平らげた。僕が慣れないナイフとフォークで苦戦していたこともあるが、僕より早く食事を終えるのを今まで経験したことがない。もっともホテルで、どんぶり物を注文するのも珍しい。今日会いたいと言われたことと関連があるのかと思い、懸念を切り出してみた。「元気でやっている?」  4月に専門学校に入学してから、今日が初めての休みだったらしい。平日は学校が終わり次第、介護施設で2時間アルバイト。週末は朝から晩まで同じ介護施設でアルバイト。向こうから連絡してきたと言うことは恐らく僕に何か要求があるのだ。僕と会うという口実で特別休みをもらったらしい。授業料などを施設に援助してもらっているから、国家試験に合格し、卒業後は働きながら返さなければならない。日本語のハンディーを覚悟で介護の学校を選んだが、疲労のために勉強がはかどらないみたいだ。ただし、これは弱音ではない、2人の覚悟にはいつも驚かされるくらいだから。  相談事は何か内職が出来ないかというものだった。内職と言う日本語を知っている事が危機感を感じさせる。学生ビザで来日している人はアルバイトの時間が決められていて、それを超えることはできない。だが、決められた範囲の稼ぎでは生活が成り立たない。どのくらい食事代にまわせれるのか尋ねてみたら、月2万円らしい。僕はそれがどのくらいのレベルか分からないのだが、健康保険代の12000円や家賃を合計すると、確かに切り詰めざるを得ないし、切り詰めようもないのかもしれない。  経済まではかかわるべきではないと思っていたので、この内容は初耳だった。ただ、心に温めていたことがあったので提案してみた。「お父さんの家に来て、一緒に暮らす?」  と言うのは、息子が来月家を出ることになって、3階が以前のように空くことになったのだ。息子が帰ってくるまでは、多くの過敏性腸症候群の若者が泊まりに来ていたが、この3年間それは途絶えた。ところが来月からいなくなる事を聞いて、すぐに僕は漢方薬を飲んでくれている人たちに再び開放しようと考えた。そしてその延長で2人に部屋を開放しようと考えついた。そして今日2人の話を聞いて、単刀直入に提案した。当然彼女達は喜んだ。  その後母を施設に訪ね、2時間くらい母の相手をしてくれた。新しく始まるかもしれない生活に思いをはせながら楽しい会話が続いたが、帰路、車から降りるときになって2人が真顔で話しかけてきた。2つの気がかりを正直に僕に伝えたのだ。1つは、家族全員に快く迎えてもらいたいこと。僕が立場を利用して独断しないでくれってこと。もう1つは、今は時々会ってよい面ばかり見せ合えるから幸せだけれど、一緒に暮らし始めると欠点が見えてつらくなるかもしれないこと。外国語でよくそのことを表現できたと思うが、その懸念を持てる2人の人格を又評価した。  2人は僕にとっての次女、三女。「お父さんは今まで〇〇ちゃんと〇〇ちゃんの世話をしてきたけれど、お父さんやお母さんはこれから歳を重ねていくから今度は2人がお父さん達の世話をするかもしれないんだよ。それでもいい?」と尋ねると「そのために介護の学校に行ったんです」と答えた。そうか僕も妻も「射程内」か。