本当

 これは止まらない。途中で防ぎようがない。全く途中がない。気がついたら床に倒れていた。0.何秒の世界だ。崖から転落などとニュースで目にするが、同じようなことだと思う。ただ崖などでは高さがあるから恐怖を感じる時間があるはずだ。どれだけ恐ろしいだろう。僕は現場に立つ前にそんなことを考えてしまうから高いところは苦手だ。  ただ昨日のことはそんな場所ではない。薬局から裏の事務室に移るために段差があるのだが、トイレに行く通路も段差の上になる。いわば交差点で左折する時に、道路が高くて交差点自体は低くなっている理屈だ。高さはわずか20cmくらいだ。本来なら直角に高いところから高いところへ無意識のうちに移動するのだが、昨夜は何がどうしたのか、足を踏み外してしまった。妻が僕のカレンダーを見ながら15日のところにある印について尋ねたから答えようとして足場のことを考えなかったのだろう。運の悪いことに僕はモコを左わき腹に抱えていた。そして床に激しく左側を打ち付けて倒れたのだが脇に抱えていたモコを手を伸ばして、自分の体の下敷きにすることだけは防いでいた。そしてミニチュアダックスという特長を生かして、何とか手でモコが床に落ちるのを防いでいた。すぐそばにいた妻はさすがに驚いて大きな声で叫んだ。「モコ、大丈夫?」  モコはすぐに僕の手から離れて元気そうに尻尾を振っていた。まるで遊んでもらったかのように喜んでいた。自分はと言うと、床に当たったほうの腰が少し痛かったが、大事に至らずにすんだ。こんなことで骨折したり、神経をやられたり、不都合が起こることは多い。僕もかなり年齢を重ねてきたので、転倒には気をつけていたのだが不覚だった。結局僕のダメージについては一度も声を掛けられなかった。これが本当の「本末転倒」