次元が違うからとても真似はできないが、せめて真似る努力くらいはしなければならないと思った。  薬剤師向けの雑誌に、ある小児科医が連載をしている。その女医の所にある大学からきてくれる神経専門の先生がいるらしい。あるとき看護師が目撃した話を披露していた。  小児科と言っても、神経の病気は長期にわたるから大人になっても通ってくる患者が多いらしい。ましてその先生が有名な医師だからよけいみたいだ。あるときお子さんの症状を母親が涙ながらに訴えていた。丁度その時蚊が医師の手に止まった。手は机の上に置かれていたので蚊が止まっているのは分かるだろうに、医師は蚊を払うことも手を振ることもなく、母親の不安、哀しみを聴き続けたそうだ。自分が動くことで一生懸命話している母親の腰を折りたくなかったからだそうだ。  こんな人もいるんだと驚いたが、救いでもある。人間性を疑われる医師は受験勉強のせいか、高額な収入のせいか分からないが結構いる。およそ魅力を感じない人も多い。ただ、こんなエピソードを聞かされると、中にはいるんだと安心する。僕ならこんな場面だと、片一方の手で叩いて蚊を血祭りに上げる。ただ最近の蚊はすばしっこいのか、こちらがドン臭くなったのか分からないが、なかなか叩けない。一度逃がすと何度でもやってくるので、患者さんそっちのけで、部屋中追い回すだろう。それでもやれなければキンチョールだ。そこかしこに噴霧して窒息死させてやる。  この対処の仕方の差は何なのだ。持って生まれたものか、育ちの差か、知性の差か、理性の差か、収入の差か、肩書きの差か・・・人間性の差か?と言わないところが、僕に一番欠けているところなのだろう。