撮り鉄

 信号がない道路を時速70kmで飛ばして30分くらいでつくことができるのだから、どれくらいの距離なのだろう。恐らく家は兵庫県に近いのではないか。  その若い女性は、僕の薬局がよく利用している薬を作っている製薬会社のセールスだ。大阪市内も自由に車で移動できるくらいだから、バイパスで30分くらい、僕の散歩くらいなものだろう。ただ休日にやって来たのだから仕事ではない。変わった理由で来てくれたのだが、娘達には嬉しい理由だったと思う。  日本一効く漢方薬を作れる薬局になるという目標は、僕の先生や諸先輩達がいる限り達成できないから、とうに諦めた。そもそも知識で勝負しようと言うのが間違いだから、日本一笑顔がこぼれる薬局にしようとしたが、お客さんの前で跪いて薬について説明しますなんて薬局の集まりで講演されると、ヤマト薬局の応対などクールに思えてしまう。ソフトでダメならハードで行こうと、道を挟んだ主のいなくなった廃屋を購入して、日本一広い駐車場のある薬局を目指したが、そこを使う車がそもそもないことに気がついて、その勝負は諦めた。そこでもう日本一はもちろん、岡山県一も目指さないで細々とやっていこうと思っていた矢先に、娘達が突然動き出した。  薬局のホームページに姪が載せていてくれていると思うが、今新たに日本一きれいな庭がある薬局を目指すことにした。もちろん僕は企画発案どれにも参加していないから、単に便乗しているだけだが、新人庭師の挑戦を毎日楽しみに見ている。もっとも、僕が期待するスピードで庭は(花は)作れないみたいで、少しずつ変化しているようにしか見えない。今日訪ねてくれたのは、セールスとその叔母で、叔母さんがプロが作る庭園の「途中」を見たかったらしいのだ。なんともマニアックだが、本当に好きな人は僕らには考えもつかないような興味の対象を見つけるのだろう。  わざわざやって来てくれた甲斐があって、とても喜んでもらえた。今の仕上がりが5部なのか8部なのか分からないが、僕たちもとても楽しみにしている。薬局に来てくれた人はもちろん、単に通りすがりの人が公園と間違ってベンチに腰をかけ、穏やかな空気を吸ってもらえればいいと思っている。  日本一きれいな庭のある薬局として、ホームページで宣伝して欲しいのに、姪は何不精か知らないが、どうも頻繁にアップしてくれない。「はい出来ました」では庭園お宅の人に申し訳ない。さりとて、今まで人生で一度もカメラと言う物を所持したことがないという生き方を変えて撮り鉄にはなれない。僕に出来るのは黙々と草を採り鉄だ。