最後通告

 老けて見えるのか実年齢か分からないが、恐らく50歳くらいの人だと思う。ある有名な製薬会社のセールスとして数ヶ月前初めて僕の薬局の担当になった。その彼が先月訪ねてきた時にひどく咳き込んでいた。僕の前ではそんなに咳いてはいなかったが、話によると周りの人が気持ち悪くなるくらい咳き込んでいるらしい。2ヶ月くらいそうした状態が続いていると言っていた。当然製薬会社のセールスだから医療機関はよく知っていて、信頼する先生もいるらしい。そして当然その先生にもかかっている。又他の病院や薬局で色々出されたらしいが、特に病院関係ではこれなら必ず効くというレベルのものが出ている。ところが全く咳が収まらず、その信頼する先生に「もうこれは病院の咳止めでは治らないから、お前が回っている薬局の中で信頼できる薬局があればそこで漢方薬を作ってもらえ」と最後通告を出されたらしいのだ。そして彼が選んでくれたのが、ぼくの薬局だったと言う自慢話。  彼の年齢だったら恐らく日本中、これは少し大げさかもしれないが、かなりの医療機関を回っている。その彼がこんな田舎の薬局を、それも初めて訪ねてきてからまだ半年しか経っていないのに選んでくれたのは嬉しい限りだ。調剤ばかりを専門とする薬局が乱立し、僕の薬局みたいな形態は時代の遺物みたいなものだが、こうしたときの選択肢として必ず存続していなければならない。彼は飲み始めてほぼ1週間で完治してくれたみたいだが、病院や他の薬局みたいに僕は咳を止める薬を作らなかった。僕は2ヶ月間も、おしっこをちびりそうになるくらい激しく咳き込む理由を正す漢方薬を作ってみただけだ。そうした発想も、医療機関の下請けみたいな仕事からは生まれない。  4月から国は、調剤薬局の儲け過ぎを少しは正そうとしているらしい。オーナーは何軒も経営し、高級車を乗り回しているだけで高額な収入が約束される。全部税金だ。薬剤師が医者よりはるかに高給を得る。そんなことが許されるのか。命と向き合うために暗いうちに出かけて暗い時間に帰ってくる、そんな息子を見ていてそう思う。