常識

 ああ、なるほどなと思った。その方の言うのが普通なのだろう。僕など普通を通り越して、良識のある人と賛辞を贈りたくなった。御本人にとっては当たり前のことなのだろうが、田舎の薬局にとっては至らぬところかもしれない。  今日ある方が処方箋を持ってこられた。牛窓にはまずない姓だから他所の人だと思う。結婚してきたか、移住してきたか、単なる出張か分からないが、物腰から知的な方だと分かる。あいにく薬の数が不足して、不足分を来週取りに来てもらうことにした。よくあることだから「薬は月曜日に入ってきますから、火曜日以降に来てください」とお願いした。男性は快く受け入れてくれたのだが「なにか証明するようなものが必要ですか?」と尋ねた。その瞬間それはこちらが用意するものではないのと気がついた。何かを持ってきてもらい、それを引き換え券にするのが常識なんだとすぐ気がついた。そこで僕は慌てて・・・・何かすればいいのに「いいですよ。もう顔を覚えましたから。田舎だからこんなものです」と言ってしまった。一瞬戸惑ったみたいだが、なるほどと思ってくれたのか笑顔を残して出て行った。35日分の処方箋で全額お金を払って、10日分しか薬をもらって帰らないのに、こちらのほうが覚えておきますからと言うのはおかしい。こちらに薬が揃わなかったという非があるのだから、覚えになるものをこちらが用意すべきだ。  田舎だから許したり許されたりすることは多い。人情が、実は単なるルーズだったりするのかもしれないが、今日のことで僕に悪びれたところはない。それどころか今日も僕は寛大なところをある人に見せた。その人間が僕のことを真顔で「イケメン」とか「ハンサム」呼ばわりするのを許してやった。