感性

 ツアーガイドをしなければ、気持ちが分散されないので、少しだけ感性が研ぎ澄まされる。  母を訪ねる道中で、車のスピードが落ちるところで偶然一匹の犬と目が合った。首輪がなかったから野犬だろうが、彼らの持つ特有の獰猛な目つきではなく弱々しいものだった。毛並みは恐ろしく悪くて、すぐ傍に近づくまでまるで狐のように見えた。いやむしろ、何年か前に町中に増えすぎた狸を根絶やしにした伝染病が流行った時の、毛が抜けてやせこけた狸のように見えた。道路の左側で僕の車が通り過ぎるのを待っているようだった。そしてゆっくりと通り過ぎてバックミラーを覗くと、その犬がビッコをひきながらゆっくりと道路を渡った。そのあたりは金甲山と言って、岡山県の南部にしては山が深くて、昔から野犬が多いところだ。あのビッコは、犬同士の争いでやられたのか、人間のなせる業か知らないが、バックミラーの中の悲しさが、後ろ髪を引かせた。ただ僕にはそれをどうにかできる能力を持っていない。漢方の勉強に来ているあの薬剤師だったら、黙って通り過ぎたりはしないだろうとすぐに思った。殺処分される犬達を守っているNPOの人たちは、どうすべきか知っていて、その通りを実行に移す。目が合ったのが僕だったのが、その犬の不幸かもしれない。  四国フェリーは、存続の危機にさらされていて、痛々しいまでの努力をしている。往復の金額がキャンペーン中ということで1340円が1000円だった。その上船内で食べるうどんの料金が100円引きだった。僕は今まで船内のうどんを食べたことがなかったが、協力するつもりで初めて食べた。うどん県の香川に行くのだから、それと同レベルのものを期待したが、それは酷だった。しかし、狭い厨房?狭いスペースで、簡単だが一所懸命に作り、丁寧に出してくれたおばちゃんは、礼儀正しかった。食器を返しに行ったときに狐寿司が一つだけ売れ残っていたので、それも買って食べた。えらい喜んでくれた。もっとも2つしか元々なかったのだが。  もう10数年前にその先生の講演は聴いたことがあるのだが、今日は別人のように見えた。あまりにも華麗な経歴で、あまりにも洗練されていて生理的に好かなかったのだが、今日のその講師はそんな華やかなところがなくなってとても好感が持てた。医大で講師をしている先生だから僕らとは次元が違って当たり前なのだが、医師と薬剤師の差はあっても、権威で患者は治せない。そんなところが抜け落ちていて、これなら多くの人を救っているのだろうなと想像ができた。ある質問をしてみたのだが、漢方処方ではなく、人生論で答えてくれた。とても共感が持てる回答で、さすがに才能ある人は僕ら凡人の持つスピードなど比べ物ならないくらい加速度的に力を付けるんだろうなと感心した。  講演会が終わって会場を出ると、遠くから大きな声と太鼓の音が聞こえた。僕はフェリー乗り場に向かって歩いていたのだが、音が次第に大きくなった。そしてある交差点の信号で待っていると、直角の方向から太鼓を叩き踊っている人を先頭に長い行列が見えた。旗やプラカードを持っているから何かのデモだとすぐに分かった。正体を知りたくて待っているとプラカードが見え始めた。伊方原発反対のデモだった。伊方は隣の愛媛県にある原発だから、香川の人にとっては他人事ではない。香川どころか岡山県も同じだ。いや愛媛から西はどの県も同じだ。西にある原発だから、あそこがやられれば近畿も中京も東日本も終わりだ。高松に来て、こうした光景に出くわしたのは初めてだ。こうした運動もあるんだと、ますますその街が好きになった。  夕暮れに追いかけられるようにフェリーで玉野を目指した。宇野港に着く頃にはすっかり暗闇になったが、なぜか僕の心には小さな希望の灯かりがともっていた。演者の言葉が僕の頭の中に残り、明日から又小さな貢献が、頼ってきてくれる人や僕の家族にも出来るのではないかと思ったのだ。1人って、自由でいいものだ。

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