安全

 僕の服を引っ張りながら「オトウサン コレ ナンサイデスカ?」と尋ねられて、「この服をもう何年着ていますか?」に取れなければ、外国人を世話する資格はない。知っている少ない単語を駆使して意思疎通を図ろうとする外国人を、自分に重ねればすぐ分かることだ。もし僕が英語圏に行ったときにどのくらい意思疎通ができるかを問われれば、その国の人の寛容や思いやりに依存するしか手はない。  さて、その答えには正直窮した。分からないのだ。その時に彼女達が見た僕の服は、暑くなったから脱いで手に抱えていたジャージの上着と、長袖のシャツと毛糸のチョッキだった。勿論ズボンと。ズボンは股の部分が破れると買い替えることにしているからおよその想像はつく。恐らく3年くらいだと思う。手に持ったジャージの上着は、僕が牛窓に帰ってきてバレーボールのチームを作ったときのものだから、40年位前のだと思う。ズボンと違って上着は破れたりしないから、永遠に持ちそうだ。毛糸のチョッキは、父のものだからいつのものか分からない。父が亡くなって処分に困ったから母がくれたのだろうか。それとも、亡くなる前にくれていたものだろうか。どっちみち20年にはなる。シャツは磨り減って所々に糸が顔を出している。それを引っ張ればどうなるのだろうと思うが、もったいないからあたらず触らずで着ている。いつごろのものか分からないが、これもまた20年選手かもしれない。だいたいの返事をすると彼女達は一瞬驚いたみたいだが、なぜかそこで会話が止まった。何かを感じてくれたのだと思う。僕が折に触れ「もったいない」を繰り返すので、僕が実践していることに気がついてくれたかもしれない。  そう言えば1ヶ月前に帰国した通訳が、僕なら〇〇〇〇に来ても泥棒に合わないと言っていた。治安がずいぶんと悪化して、腕時計欲しさに手首から切り落とされるらしいが「オトウサン アンゼン」と保障をしてくれる。それは盗るものがなさそうだからだ。腕時計しない、携帯持たない、カメラ持たない、服汚い僕は安全なんだそうだ。「ソノママ キテクダサイ」とよく言われていた。  身軽は気軽で気楽だ。