犬語

 犬語を話せる妻が「モコは人間の病気が分かる」と常々言っている。勿論病名が分かるはずはないが、健康ではないことは確実に分かるみたいだ。そんなときは必ず舐めてくれるのだそうだ。足が痛いときは足を、頭痛がするときはおでこを、捻挫したら足首をと、首を傾げたくなるようなことを平気で言う。妻に対してだけではなく、僕の母がいたときなど頻繁に母を舐めていたそうだ。  勿論僕は信じない。ガンみたいに強烈な臭いを発すれば別だが、ほかの病気でわかるだろう理由を知らない。だから僕自身が舐められるまで絶対信じなかった。と言うより、もともと犬が苦手だった僕は犬に舐められるのは好まなかった。アホノミクスに舐められるのと同じくらい耐え難い。  ところが先日極度の倦怠感で仕方なく布団に入ったときに、モコが布団の傍にやってきて、手枕していた僕の手を舐め始めた。いつもなら汚いと言って、払いのけるのだが、そんな気力も無かったのかなすがままにしていた。ところが結構それが気持ちいいのだ。ざらざらした舌だけれどとても優しく思えた。薄目を開けてみると懸命に舐めてくれている。あたかも治れ治れと言っているみたいだった。結構長い時間なめてくれたような気がする。その後布団の中に入ってきて添い寝をしてくれた。片手でモコを撫でながら珍しく日中に深い眠りに入っていった。  職業柄、僕が慰められたり、癒されたり、相談に乗ってもらったりすることはかなり少ない。この、相談に乗ってもらうこと以外はひょっとしたらモコは出来るのではないかと思った。僕にとってもひょっとしたら最良の存在なのかもしれない。幼い頃に母親にかけてもらった無常の愛の再来なのかもしれない。それも半世紀ぶりの。  もうこうなったらモコを溺愛するぞ。かわいい服を着させて、道路は抱いて歩き、犬同伴のカフェでお茶をし、午後はドッグランでママ友と過ごし、夜は一緒に風呂に入り抱っこして寝る。