ベッドサイドで大きな声で呼びかけるとすぐに目を開けた。もともと眠っていたのではなかったみたいで、目を開けるとすぐに何やら話し始めた。ただ、今日はこの何やらの中に結構分かる言葉が多くて、30分くらいかかって拾い集めた言葉をつなぐと一つの意思表示になる。  葬儀屋さんに、家族葬について教えてもらって、これで何とかなると思っていたら、母の受け答えが何とか様になっている。ベッドに横たわったまま目は一点に集中しているが、その視線の先に僕が立てば目を見ながら話すことが出来る。腰掛を用意しましょうかと親切に施設の人が言ってくれたが、腰をかけたら母と視線が合わないから断った。視線の先に立ちじっと母を見ていると「アンタ、1人で来たの?」で始まり、結局30分の間に「皆、元気?」「・・・食べれる」「岡山の・・・」「・・・心配せんでいいよ」「片付けるかな?」「ほんならいいよ」「お世話になりました」「はい、ありがとう、気をつけて}「楽しみ」で終わり、僕は母の部屋を後にした。  確実に拾えた言葉はこのくらいで、後は、喋り続けているけれど意味不明だった。人様にはわからない、いや他人だったら他人なりの解釈があると思うが、僕はあるストーリーを組み立てた。まさか痴呆の真似を母がしているとは思わないが、明らかに回線がつながっている事がある。だから今日の脈略には僕へのメッセージが入っていると思った。何度も何度もお礼をいい、来週の日曜日に又僕が訪ねてくる事を楽しみにしていると言った。  あまりにも母の言葉が多かったので看護師さんに様子を尋ねると、車椅子に乗り、他の入所者と食事を摂っているらしい。量は半分くらいらしいが、点滴をしていたことを思うと大きな進歩だ。おまけに入浴までしているらしい。プロフェッショナルな介護のおかげだ。家庭では到底出来ない。ただ、それを母が許してくれているかどうかは今だ謎だ。