説得力

 ふと彼女が漏らした言葉にひどく説得力があった。だから、「そうか、それでか!」と即座に賛同した。決して雄弁ではないのに、むしろその逆で言葉数は少ないのに、結構的を射る言葉が出てくるので、驚かされることが多い。  昨日の広島観光は、地元ではないので大まかでいいとお願いしていたのに、性格なのだろう詳細に調べてくれていた。又こちらの急で勝手な要求にも誠意を持ってこたえてくれる。この性格こそが長所であり、不便でもあると、職業柄考えてしまう。  午前中の尾道観光は時間が足りないくらいで、的を絞ってもらった。それでも観光資源に恵まれている土地だけあって、短い行程で多くのものに触れることが出来た。だから満たされた気持ちで広島に向かった。本命は原爆ドームだが、僕が勉強している2時間、時間を有効につぶすことが出来る名所を彼女が探してくれた。その時に僕が彼女に投げかけた言葉が「広島って、こんなに大きな街なのに見るところが原爆ドームくらいしかないんだよね」だった。薬局で仕事中にも、広島からやってくるセールスなどに同じようなことを何度も言っているが、帰ってくる言葉はまるで鸚鵡返しだった。ところが彼女が答えたのは「原爆で全て無くなったからではないですか」だった。その言葉を聞いて僕は何故長い間思いつかなかったのだろうと思った。何十回と訪問している街で、本当に時間を潰すところが無くて勉強が済んだらすぐに帰る街だったが、やっと意味が分かった。例えば尾道のように、訪ねて行きたい所は何百年も以前に立てられたようなお寺なのだ。そうだ、広島のその種のものは全てあのときに無くなったのだ。  口から出したときに初めて言葉は音を持つが、音にならずに無数の言葉が人の心の奥底で出番を待っているのだと、彼女を見ていて思う。人間が面白くて興味深い生き物である理由でもある。