墓穴

 こう言った頼まれ方をしたことがない。ただ、その輝いた目からはそれが本心だと分かる。もう10数年会っていないから当時の神経質で華奢と言う女性の面影はなく、ふっくらとしている。病気を訴えられなければ何処が悪いのだろうと思ってしまう。  「私は、52歳までずっと家にいて家事ばかりしてきたから、今こうして働くことが出来るのが幸せなんです。働くって事がこんなに楽しいものだとは知らなかったんです。だから病気を治して下さい」その訴えを聞いてその通りだと思った。多くの人と接して、多くの会話をし、多くのことを学び、多くのことを分け与え、喜びや失敗を共有することこそ、人の生きかただ。人間は孤立して生きていける動物ではない。社会的な動物なのだ。それに目覚め、日々わくわくして暮らすことが出来た環境を、体調不良などで失いたくないだろう。社会参加は、本人も病気を克服する大きなモチベーションになるし、僕にもそのお手伝いが出来たらすばらしいだろうなと言う大きなモチベーションになる。かなり難しいトラブルだが、1週間分で何か変化を起こすことが出来たから、二人で、治る訳がないといったお医者さんを見返してやろうと話し合った。  薬局の漢方薬を飲んでいると言ったら、お医者さんの表情が豹変し、いやみを言われて、それ以上何も言えなかったらしいが、僕は何故患者さんがそんな墓穴を掘るのだろうといつも不思議に思う。自分の病気くらい自由に治せばいいと思うのに、ましてかかっている医者で治してもらえないから次なる選択肢を探しているのに、どうして医者の逆鱗に触れるのがわかって白状するのだろう。漢方薬と現代薬が重なって不都合なことなどまずない。医者の薬を飲みながら漢方薬を飲むことは出来る。黙って飲んで、黙って治し、去っていけばいいのに、金を払って怒られては割に合わないだろう。  漢方薬が本当に分かっている医者なら何も言わないが、わかっていない医者が99%だから倍返しがあるだけだ。医者の高度な知識や技術をいただきながら、こそっと元気になればいいのにと時々思わされる光景に出くわす。