誘導

 帰省客も海水浴客もいないのかと言うくらい、薬局の前の道路はいつものままの密度で時間は過ぎていった。お盆は正月と同じようになんでもない日になったのだろう。官公庁は働いているから余計かもしれない。  実は、一部の人を除いてそんなに経済が味方してくれてはいないから、休みだといって倹約を解除できる人は少ないのだろう。健康が担保と言うぎりぎりの生活を送っている人も多い。そんな中、かの国の通訳が一人で遊びに来た。薬局が暇だからいっぱい話が出来た。3年間の期限がこの10月に切れて帰国するから、言っておきたいこともあったみたいだ。自分が帰った後もお願いしますと言うことなのだが、人が増えすぎて派閥ができることを心配していた。  帰国を前にして初めて言えるようなプライベートな話も出来た。彼女たちは「お金を稼ぐ」と言う強い意志で来ているから、今の労働環境などなんともないみたいだ。そもそもかの国にいたときには休みなく働いて、その上技術がしっかりした「選ばれて」日本に来た人達なのだ。彼女は、自分を大学に行かせてくれたご両親に家を建ててあげるために日本に来たらしい。その夢がかなえられるくらいの収入を3年間で得られるのだそうだ。そう言えば3女が日本に来てすぐに僕の車に乗って車の値段を尋ねるから答えると「ワタシノクニ ノウエン カエマス」と言って驚いていた。その驚いた内容に驚いたが、いっそのこと移住して年金で暮らそうかと思ったりした。ただ、暑くて耐えられませんよと最近忠告してくれた人もいたから、急ブレーキが音を立てて今はかかっている。  日本で3年間働けば家が建つなどと具体的な目標があれば頑張れるだろう。翻って、この国の青年達に、そんな具体的な目標があるのだろうか。この国で稼ぎ、この国で消費したら、結局は何も残らない人は結構いる。かの国の人も、かの国で同じような体験をしている。国全体が豊かでも、這いつくばって暮らす人たちは何処にいても同じだ。ある年齢までは飢えささず、持たさず、油まみれの歯車だ。いやいやこれからの青年は飢えさされて、兵隊にでも入らなければ食えない状態に誘導されるのかもしれない。(経済的徴兵制