無料

 人生は哀しいのか楽しいのか僕には分からない。色々な出来事がめまぐるしく通り過ぎるが、禍福は規模を変化させながら、故人のいうようにあざなえる縄のごとく2列縦隊でやってくる。  ブローカーと言うような存在に2万円を払い、深夜のコンビニ弁当の製造工場に2時間かけて行き、電車賃は自腹。僕の娘にさせることが出来ないようなことを僕を頼ってわざわざ岡山県を選んでやって来たかの国の女性達にさせることは出来ない。これが今回の僕の最大のモチベーションだった。だから、どちらかと言えば苦手なことでも根気強くすることが出来たのだと思う。  まずぱパソコンとかなりの時間格闘した。キーワードを色々変えて検索した挙句、誰もが知っている企業のアルバイトの募集を見つけた。しっかりと授業を受けた後、深夜にならないうちに寮に帰ることが出来、勉強も出来る最高の条件だった。そしてなにより、超有名企業だから、彼女たちの安全やプライドがかなり保証される。深夜に自転車で都会の夜を帰らせたくもなかった。  1人は3年間日本に住んでいたからある程度は日本語を話すことが出来る。再来日の前1年間は、日本人相手の観光ガイドもしていた。もう1人は、英語が流暢で、ただ日本語の勉強は半年かの国でしただけだ。2人を超有名企業のある店舗に紹介したのだが、僕が懸念したように前者だけと面接をするとのことだった。それを聞いて以来、又もう1人のためにパソコンとにらめっこの連続だったのだが、今日昼2人に会った時に、2人で面接に行って、日本語が出来るほうがもう1人のこともお願いしたらしいのだ。そして今しがた電話があり、なんと2人とも採用になったらしい。結構したたかなんだと昼は感心したのだが、そのしたたかさ、本当は友情なのだが、を見せられて僕は涙が出そうになった。(2人はかの国でツアーガイドの専門学校の同級生で、1人は日本で研修生として働いて、1人はかの国の商社で働いた。1人が3年の日本での研修生活を送って帰国後、2人で同じアパートで暮らしていた)  実は2日前から奈良県からやってきたかの国の女性が泊まっていた。遊びに行っていいですかと急に連絡があったのだが、ただ遊びに来るほど経済に余裕はないはずだから、何か相談があると予想していた。案の定、岡山県のある専門学校に入学したいとのことだった。どう考えてもその学校と彼女が結びつかないので尋ねてみると、学費が安いから、何とか日本に留まってまだ勉強する機会をつかむ機会にしたいと言うのだ。学びたい気持ちは尊重するが、あまりにもその女性と学科が結びつかなかった。単なる在留の手段に使うような気がしたのだ。そこでその道で日本で就職できているかの国の若い女性のことを思い出して(彼女はそのために来日し、とてもよく勉強をし、その職種に付くことができている、めったにいない人だが)今日会わせた。  かの国の言葉でお互い話していたから詳細は分からないが、先輩格は「おとうさん、何をやりたいか大切ですね」と言い、奈良からやってきた女性は「おとうさん、私、心配ですね、考えます」と言った。恐らく正しい解決に導いてくれる答えが出るだろう。  二人のアルバイトの採用通知の件を未だ知らされていない夕方寄ったコンビニで、タウンワークという雑誌を見つけた。店員さんに「これいくらですか?」と尋ねたら無料だった。良くこの程度の知識で二人に好条件のアルバイトを見つけることが出来たなと胸をなでおろしている。