手段

 もう何年も前に、過敏性腸症候群の女性をお世話して、その方が治った暁には、過敏性腸症候群の研究をする・・・とか何とか言っていた記憶はある。そう思うこと自体ありうることだから僕は別段気には留めなかった。そして完全に頭から消えていた。  ところが最近その女性から突然連絡があり、その記憶を呼び戻された。その後女性はある有名大学の大学院に入り、過敏性腸症候群についての論文を執筆しているところだそうだ。その研究のために僕の薬局で治った人で、もし本人が許してくれるなら紹介してとのことだった。ただ僕にはそんな権利はないし、せっかく完治して平穏な暮らしを取り戻している人を、再びその道に引き戻したくないので断った。その代わりまさにそれで苦しみ、僕が沢山の処方を試すきっかけを作った娘を紹介した。  はるばる東京からやってきたその女性を初めて見た時に、その眼光が輝いているのを僕はまず見つけた。自分のの強い意思を表すことができる、しっかりとした眼差しの女性だった。この女性ならあのように決意し、その道に実際に進んで、公言どおり研究をすることが出来るだろうと思った。  はるばるやってきてくれたのは娘が目当てだったから、僕はインタビューが終わるまで介入しなかった。すべてが終わり、最後に挨拶代わりに少しだけ話をした。彼女は言葉で過敏性腸症候群を表現し、僕は生薬で表現する。同じものに対峙しているのに、手段はまったく違う。学問と技、僕はそんな言葉を浮かべながら彼女の目を見ていた。