覚悟

 朝からずっと台風の予報を追いかけている。と言うのは、明日津山国際音楽祭の一環で和太鼓の演奏会があるのだ。今月半ばにかの国に帰る若者、特に最近知り合ったばかりでただ働きづめで過ごしてきた数人を連れて行く予定だ。ところが大型の台風が接近している。今回のコンサートは野外なのだ。和太鼓はとても高価なものだから雨に濡らすことなど考えられない。だから主催者に雨天の場合はどこでやるのですかと確認を取ったら、あっさりと中止と答えられた。あれだけのグループに出演を依頼し、雨に備えて室内の会場を確保していないことに驚いた。今頃は統計的に晴れる確率が高い頃だから、慢心していたのか、それとも他の理由かわからないが、一言で言ってショック。  台風本体の雨に先立って前線の雨が朝から降るらしいから、ほとんど覚悟はしている。何度天気予報を見ても明日は早朝から雨みたいだ。2時間以上かけて行き、中止ですといわれて、他に、若者たちを満足させられるすべを僕は持たない。  今ここまで書いて、自分ながらこの「覚悟」の軽いことに後ろめたさを感じた。この1週間、何度もニュースで耳にした言葉だ。軽トラックくらいの岩が頭上から飛んできて、何も見えないくらい視界を奪われ、息も出来ず、口の中にたまった火山灰を指で掻き出すような経験をしてはじめて使う言葉があの「覚悟」なら、僕などに使う資格はない。死を覚悟した若い女性がお母さんに「ごめんなさい」と最後に伝えたらしいが、亡くなる寸前にこんなに優しい言葉を口に出来る人間というものの崇高さを垣間見たような気がする。その女性がすばらしかったのか、そのお母さんがすばらしかったのか、あるいは両方かもしれないが、傑作と言われる小説一冊を読んだ以上に心を打たれた。  不幸というものは、それが似合わない人たちの所ばかりにやって来る。