秘かに

 秘かに狙っていた。それがついに実現した。  アスレチック形式の遊園地や公園が出来たのはいつからなのだろう。少なくとも僕がそれらの主役でおれる時代にはなかった。だから利用するのがためらわれる頃に普及したのだと思う。ためらわれるくらいだからまさにためらってそれで遊んだことはない。一番人気は恐らく、僕の嗜好かもしれないが、長く張られたワイヤーを、滑車が付いたロープにぶら下がって滑空するものだろう。ぶら下がってよりロープの結び目に股を挟んで滑空するほうがより冒険的だ。  母を車椅子で施設から連れ出すには日中はまだ暑い。だから午後の4時頃を狙って会いに行った。すると施設の下にある野球のグランドにも、隣接する公園にも誰もいなかった。いつもなら少年野球をしていたり、公園で幼い子が遊んでいたりしたのだが、珍しく人の気配がなかった。チャンス到来。  誰も見ていないが、何食わぬ顔をして、親孝行な息子を演じながらグランドを横切ってアスレチック道具のあるエリアに行った。まず、お目当ての道具のロープに触ってみる。結び目もあるからここに股を挟めばいいのだろうとイメージングトレーニングをする。そして体重を全部預けてみて、強度を確認する。大丈夫だ、ワイヤーもロープも切れそうにない。そしてまずは安全のためにロープにぶら下がったまま出発台から滑空してみた。気持ちが・・・良くはなかった。結構腕力がいることが分かった。体重は若い頃から増えて、腕の力はかなり衰えて、当たり前と言えば当たり前だが、何かにぶら下がらなければならないようなシーンでは、いち早く落ちていくだろうなと一抹の不安が襲う。それでも強度は確認出来たから「夢の滑空」に挑戦してみる。子供用に出来ているには結構高い位置に結び目があった。さてはこそっと楽しむ大人も考慮してくれたのかと・・・は思えないが、高いと少しだけスリルが増すように思えた。股で挟んでの滑空はまったく力が要らないから、これは数秒の出来事ながらそれなりに楽しかった。長年のためらいから解放された。小さい達成感を味わった。そして何より嬉しかったのは、母が手を叩いて喜んでくれたことだ。その時母は美しかった30代に戻っていたのか、そのとき僕は汚れを知らない少年だったのか。