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 薬剤師は一呼吸置いてから静かに答えた。「モコちゃんが、家でウンチやおしっこをするのを嫌がらなかったら、無理に外に連れ出す必要はないのではないですか」と。意外な答えだったのでその理由を尋ねると「モコちゃんには何か行きたくない理由があるんでしょう」とまるで人格を持っている対象のように言った。  この1ヶ月ほど、モコがウンチやおしっこのために外に出るのを喜ばなくなったような気がしていた。その係りは僕だからよくわかる。以前なら、階段の所で僕の腕に飛び乗るようにして抱っこをせがみ、一緒に降りていくのだが、その途中でも待ち切れないように体をくねらせて喜ぶのだが、最近は手を伸ばせばむしろ逃げていく。家でされると不潔なので、と言うのは時に指定された場所以外でもやってしまうから、雨の日以外は外に連れ出していたのだが、そしてそれが犬にとって一番の愛情だといい気になっていたのだが、どうやらそれは正しくないらしい。犬の意思を尊重すると言う理解が僕にはなかった。当然と言えば当然だが、飼い主たる人間様の都合が最優先だと思っていた。ところが彼女たち、殺される運命の犬の保護や世話をしているひとたちにとっては、その価値観も御法度らしい。  彼女は、まだ公に犬の漢方を立ち上げていないが、口コミで結構漢方薬を飲ませている。つい最近も癌の犬が元気になったとか、膵炎が治ったとか、なかなかの成果を出している。僕は30年漢方薬をやってきて、かなりの症例に出くわしてきたから、たいていの病気なら漢方薬を作ることが出来る。人間の処方を犬にも応用できるらしいから、薬剤師に活躍してもらうことは簡単だと思う。ただ犬に漢方薬を飲ませるのはかなりの工夫が必要らしく、僕もきめの細かい、添加物の極端に少ない良品をわざわざ仕入れてあげている。又生薬を粉砕したりして飲みやすく工夫することもしばしばだ。  何でも一芸に秀でれば、意外と他のものにも能力が及ぶ。境遇に恵まれない犬達を思う心が彼女に漢方薬の実力をつけてくれるだろう。