吉川錦太鼓20周年記念公演

 今日僕は認識を改めた。ずいぶんと長い間、間違った理解をしていた。別に人を傷つけていないから構わないが、和太鼓お宅としては許されない。  10数人のかの国の女性たちが日本に滞在している間に、(と言っても3年ごとに交代するから延べで言うともう数十人になるが)日本文化に少しでも触れて帰ってもらいたいから、インターネットで始終、和太鼓コンサートの情報を集めている。県内のコンサートだけでは、10数人に平等に割り振り出来ないので、隣接している県も対象にしている。人数が増えたから、チケット代が安いと言うのも重要な条件になってきた。となると、今日兵庫県三木市で行われた「吉川錦太鼓20周年記念公演」は最高の条件を満たしていた。第一に、公演会場が、吉川に住んでいる弟を訪ねて何度も訪れたところにあること。第二に無料であること。第三に、ゲストに有名なASKA組が呼ばれていること。特に無料でASKA組のコンサートが聴けるのはありがたかった。もし有料だったら、かの国の子達のチケット代だけでも3万円近くになってしまう。これに食費なども含めていたら、凡人の善意を超えてしまう。吉川の町には食事をするところがあまりなくて、コンビニで昼ごはんを調達したから、今日は経済的にも助かった。  牛窓とほとんど規模が同じくらいの田舎の吉川に、和太鼓集団があり、それが20年も続いていることにまず驚いた。土建業や農協、漁協と行った営利をもろ目的に議員になり続けることを許した町には、文化など育つはずがなかった。個人の蓄財のための議員を選び続けたおろかさの代償を、今日吉川の町を訪ねて改めて思い知らされた。若者たちが満面の笑みをたたえ、太鼓を激しく打つ姿は、どんな箱物よりもすばらしく心を打った。驚くほどの予算を有志のために割いた当時の為政者たちの英断に感謝だ。物は朽ちいずれ滅ぶが、伝承され、より輝き続ける芸能に無形の強さを感じた。  2部構成の後半は「あすか組」の演奏だった。吉川錦太鼓を感動を持って聴いたのだが、あすか組は想像をはるかに超えていた。上手く表現できないが、ただただ圧巻だった。和太鼓ほど素人とプロとの差がないなどとかつて公言していたが、今日の公演を聴いて明らかに間違いだたってことに気がついた。なるほど他の分野に比べれば確かに差は小さいように思えるが、ただ今日聴いた限りでは、圧倒的な差があった。強さ、正確さ、技、どれをとっても素人には及ばない。  和太鼓の公演を聴いていて僕はいつも思う。懸命に太鼓を打ち込む姿は、懸命に人生を生きる姿に似ているのだと。だからこそ感動を呼び、僕をはじめ多くの人たちを吸い寄せるのだと。薄っぺらな人間の露出に辟易としている日々に投じられる清涼剤だと思う。