正真正銘

 「よう効くのを、作ってえよう!」この言葉をもう何百回聞いたか分からない。「よく効く薬を作って下さい!」標準語ならこうだろう。誰にもいつでもそのことしか心がけていないが、毎回必ず確認される。今はもう慣れてしまったから何ともないが、彼が突如僕の薬局に来るようになった当初は、かなり違和感があった。  何の体調不良で最初やって来たのか忘れたが、恐らく当人にとっては予定外の薬を持って帰ったのだろう。普通の薬局に薬を買いに来たはずが、漢方薬を出され面食らっただろう。しかしよく効いたのだと思う。それ以来、本人は勿論、家族全員のありとあらゆるトラブルを相談してくる。内科は勿論、皮膚科、整形外科、耳鼻科、眼科、心療内科領域の不調を訴えてくる。僕は漢方薬オタクではないから、こちらもありとあらゆる種類の薬で対処する。勿論病気に関してとても神経質な人だから、病院にも良くかかるが、なるべくなら僕の薬局で解決したいみたいだ。自分や家族の体調不良が許せれないみたいで、かなり症状が軽いうちからやってくる。だから時としては薬を出せないときもある。早期の自然治癒が予想されることもしばしばだ。  ただ、不思議なことにこの事だけは薬を欲しない。もう何十年も食事の度に大便が出るのだ。多いときは食後以外にも出る。不便だろうから治せばいいのにとこちらは思うが、神経質な割にこの事だけは気にならないらしい。  今日昼過ぎの暇な時間帯にやってきたので(僕の薬局はいつも暇だが)相談事の他に雑談をした。そして以前から気になっていたことを尋ねた。「1日何回もお通じが出て不便じゃろう」と。すると彼は面白い返事をした。「不便じゃねえよ。ワシはウンチでトイレに入っても30秒くらいで出てくるから、小便と同じくらいじゃ」「そんなに早くすむんだったら、どんなウンチが出るの?」「バナナみたいな大きんが出る」  そうか、彼はトイレに入って30秒で大便をすませ出てくることが出来るんだ。それだったらさすがに不便ではないだろう。僕に相談しないはずだ。毎回毎回爽快ならしいから何ら問題ではない。  根底には癌恐怖症があり、どんな些細な不調でも「癌じゃなかろうな(癌ではないでしょうね)」と必ず質問する彼が頻便だけが気にならないのが不思議だが、良しにつけ悪しきにつけ、人の興味の対象の違いは面白い。  「○○さん、ストレスはない?」と尋ねると「ストレスって何?ワシはストレスって何かわからん」と必ず答える。病気恐怖症と言える程の性格なのに自分では分かっていないらしい。いちいちの確認や頻便はストレスの塊の人の訴えなのにストレスがないと即答できる。相手をしているこちらは正真正銘のストレスの塊だ。